魅惑への助走
 涙を拭うのが間に合わず、私が泣いていたのは現場にいたみんなに知れ渡ってしまった。


 「えっ、泣いちゃったって?」


 撮影を終えた武石タケシさんが、私のほうへと寄ってきた。


 さすがに裸のままではなく、腰にバスタオルを巻いてはいるけれど、上半身は裸。


 目のやり場に困る。


 「悲しくなるような場面なんてあったかな」


 笑いながら尋ねられる。


 「いえ……。感動しました」


 「感動? 僕のカラミって、そんなに感動的?」


 「物語の展開に息を飲み、そして……二人の愛し合う姿が情熱的で……」


 お世辞ではない、心からの賛辞だった。


 セックスとは汚いものだと思い込んでいた。


 性欲、金銭欲、出世欲などが絡まり合った、ただの欲と欲とのぶつかり合い。


 自分でもそういうことをしておきながら、汚いものだと毛嫌いしていた。


 そういうことをしている自分を、醜く感じていた。


 「明美ちゃんもAV女優になりたくなった?」


 「いえ、そこまでは」
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