魅惑への助走
 ……。


 「ただいま」


 葛城さんには少し離れた場所で降ろしてもらい、自宅マンションまでちょっと歩いた。


 部屋に入ると……昼間なのに薄暗い室内。


 冬の日中はカーテンを開けても、室内はどうしても薄暗いまま。


 昼間でも電気をつけて過ごすことが多い。


 上杉くんは薄暗い部屋の中、一人で椅子に座っていた。


 テレビはついていたものの、流れているだけで上杉くんは見ていない様子。


 「おかえり」


 その表情には怒りは全く見られなかった。


 普段通りの……。


 「家を飛び出して……、一晩中どこに行ってたの? 心配したよ」


 心配を口にする割には、その口調に抑揚はない。


 「友達のところに……泊めてもらってた」


 見え透いた嘘を吐いた。


 私に泊まりに行くような間柄の女友達など存在しないことは、上杉くんも知っているはず。


 そんな私がどこかに泊まっていたとは、ただならぬ事態であると上杉くんも察するはず……。
< 477 / 679 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop