魅惑への助走
 バッグから携帯電話を取り出す。


 私にはもう、葛城さんしか頼る人がおらず……。


 「……どうしたの、明美。こんな時間に」


 呼び出し音がしばらく鳴ってから、ようやく電話に出た。


 「イヴの夜は彼氏と過ごすって言ってたのに」


 葛城さんの背後が、喧騒の中から静けさへと変わった。


 今日もイベントに顔を出すって話していたけど、周りがうるさいので廊下など静かな場所へと移動したのだろう。


 「ほとんどけりは付きました。あの人と夜を二人きりで過ごすことはもうできないので、葛城さん、私を迎えに来てほしいんですが」


 「もうすぐこっちは終わるから、退出し次第合流しよう」


 葛城さんはお酒を飲んでいて、車では移動できないためこの日はタクシーで迎えに来てもらうことになった。


 30分くらい辺りの店で時間を潰し、ようやく携帯に連絡があり、近くまで来てると。


 葛城さんが乗ったタクシーが道端に見えたので、駆け寄って飛び乗った。
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