魅惑への助走
 「……友達にはメールして、待ち合わせ時間を一時間遅らせてもらったから」


 上杉くんはメールを確認し、携帯電話を閉じた。


 そして私は、話を続けた。


 「入社当時はAD(アシスタントディレクター)という役職はあったものの、単なる雑用係に近いような立ち位置だった。でも回数をこなすにつれて、先輩に代わってディレクターの立場を任せられるようにもなったり、執筆した脚本を採用してもらえたりして、やり甲斐を感じていたの」


 「そうか……。今まで明美の職場の話を詳しく聞いたこともなかったし、自分のことで精一杯で、明美の仕事内容に深く関心を持ったこともなかったけど……」


 全く予想も付かなかったと上杉くんは言う。


 私が必死で隠し通してきたのが、完璧に上手くいっていたというべきか。


 「今思えば、時折CDに混ざって聞いたこともないようなタイトルの、恋愛ドラマのようなDVDを目にすることがあったけど……。あれらが明美が製作に携わったAV作品だったのか」


 完全に私を、ただのOLだと信じていたらしい。


 勤務先がまさかアダルトビデオ制作会社とは知らず……。
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