魅惑への助走
 最近私の外泊が増えたことも、全く怪しんでいなかったようだ。


 単に生活のために頑張って働いていると思い込んでいて。


 ただひたすら私の帰りを待っていた上杉くんを思うと、今になって……。


 「泣かないで。悪いのは俺のほうだから。俺が甲斐性なしで明美に甘えてばっかりだったから、明美に愛想を尽かされても当たり前だ」


 口には出さないものの。


 上杉くんは私の気持ちが離れたことのみならず、すでに心に別の人がいることを察しているような気がした。


 だからAV女優疑惑が誤解だったと判明しても、当初の予定通りここを去っていこうとしている。


 「このまま一緒にいても、互いのためにならないのはすでに話し合ったとおりだ。だから離れた場所で生きて、もう一度互いの夢を取り戻そう」


 互いの夢は、一緒にいることではもはや叶えられないものとなってしまった。


 上杉くんは全てを受け入れたのか、私を責めることのないまま部屋を出て行った。


 いくつかの荷物が減っただけで、基本的に私の部屋は何も変わっていない。


 それでも一人の部屋は、妙に広く感じられた。
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