魅惑への助走
 退職前に私の集大成ともいうべき作品を制作しようという案もあったのだけど、なんせ時間がなく、慌しく退職までの日々は過ぎていった。


 最後の脚本を書いてみようとも試みたものの、見事にネタが浮かばない。


 もしかしてもう才能が枯渇したのではと、暗澹たる気持ちに包まれた。


 こんな状態では今後、再度小説家の道を目指すという計画に甚大なる影響を及ぼすかも。


 私の最後の仕事は、榊原先輩の作品のアシスタントディレクター。


 作品を生み出せなかった私は、榊原先輩の作品制作の補助的役割でSWEET LOVEにおけるキャリアを終わらせる結果となった。


 撮影を終えると、退職までバタバタした毎日に突入。


 年度末、すなわち三月末をもって表向きは円満退社な寿退社。


 四月半ば、葛城さんと南の島で、二人きりの結婚式を挙げた。


 身内も友人も誰も呼ばず、二人だけの……。


 そして五月、イギリスへと渡った。


 結婚と渡英を決めて以来、息つく間もない毎日のままロンドンでの生活が始まった。
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