魅惑への助走
 ……。


 「もういい加減、敬語やめればいいのに」


 葛城さんの腕の中。


 今夜は久しぶりにゆっくりできるので、たっぷり甘えていた。


 電気を消したベッドルーム。


 こちらで購入したベッドは、日本で使っていたものよりかなり大きくて。


 腕を伸ばしても何もないような、広大な世界で抱かれているような感覚を覚える。


 「ごめんなさい。なんか癖で」


 結婚してもう二ヶ月近くになるのに、まだ私は葛城さんに敬語を使い続けていた。


 十歳の年齢差があり、出会った頃から敬語を用いる間柄であったため、習慣になってしまっている。


 結婚して二ヶ月。


 交際を発表したのは……年明けのことだからまだ半年に満たない。


 出会ったのは八ヶ月ほど前で、その夜のうちにこんな関係になって。


 当時は私は上杉くんと付き合っていたので、あの夜のことは一夜限りのあやまちで終わるものだと思っていた。


 それが今や夫婦となって、こうして夜を重ねて……。


 一年前からすると、想像もつかない展開。


 一年前、私は葛城さんに出会ってすらいなかった。


 葛城さんだけじゃない、上杉くんともまだ再会してなかったのだ。
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