魅惑への助走
 「へえー。担当のメイクさんが、かなりの腕前だったのでしょうか」


 「それがね、メイクは自分自身で施していたんだって。そしてメイクをしながら、鏡の前でゆっくりと役柄に没頭していったとのこと」


 「自分で行なったのですか」


 「佐藤剣身もそんな感じかな。元来素材はいいけれど、地味な印象だよね。それがメイクによって、華やかなスターに生まれ変わる。役の人物へと生まれ変わり、別人になるの」


 「上杉くんが……?」


 AV男優の経験は言うまでもなく、演技経験もゼロのはず。


 それが榊原先輩や松平社長の心を動かすくらいに、カリスマ性を持ち合わせていたと……?


 今でも私には信じられない。


 付き合っていたのに全然気付かなかった。


 演技にそんな適応性を持ち合わせていたなんて。


 「でも、テレビドラマや映画ならともかく。AV男優なんて。どうしてそこまで。生半可な気持ちで務まるものでは……。いくら生活やリベンジのためだからって」


 「追いつめられた人間が最後の手段を見つけた時、思わぬ力を発揮するのは……。明美ちゃんもかつてSWEET LOVEに入社した時、体験済みじゃないかな」
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