海に降る恋 〜先生と私のキセキ〜
微かな笑いを口元に浮かべていた私は、


「さようなら…。」


自然と、そんな言葉と涙が零れていた。




私の脳裏に浮かんでいたのは、


大好きな相葉先生の姿。


いつも励まし、支えてくれた瑞穂に梢。


出かける度に交通事故を心配していた優しい父。


家を出る間際にも見た、母の温かい笑顔…。



沢山の思い出が、いくつも、いくつも頭の中を駆け巡っていく。



そんな大切な人達とのお別れが悲しくて、悲しくて、


私は声も上げずにぼろぼろと涙を零しながら、もう一歩、もう一歩と雪の坂道に足を踏み入れていった。



「…あっ!」



涙で視界が霞んでいた私は、バランスを崩して前のめりに倒れこんだ。


固いかき氷のようになっている雪の中に勢い良く素手が埋まると、冷たさを通り越して痛みを感じる。


その証拠に、私の手は雪に触れた部分から冷えて赤く染まっていった。


体勢を戻す事が出来ずにいた私の涙が、ぽつんと雪の上に落ちた。


その涙は痛みではなく、悲しみからだった。



「…うぅ…。」



雪深い斜面で四つんばいになったまま、私は止められなくなった涙をいくつも零した。


泣きたくて、泣きたくて、どうしようもなかったんだ。



「あ…。」


顔を上げてすぐ目の前に広がっていた景色は、先ほど駐車場から見た景色とは全く違っていた。



いくつもの雲の切れ間から、海に向かって光が差し込み、


真冬にも関わらず、氷を張らずに緩やかな波を作るその海に、


ちぎった綿をばら撒いたような大粒の雪は、


落ちていくのではなく、まるで吸い込まれていくようだった。


いくつも、いくつも、


全ての苦しみや、悲しみを吸い込んでいくかのように。


大粒の雪が、まるで神様か天使の涙のようにも見えたその光景は、


不思議なほど神々しく、


私が死んだら、こんな風に沢山の涙が流れるのかもしれないと…


今の私以上の悲しみを、誰かに負わせるのかもしれないと…


そんな風に思った―…
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