ぜんぶ抱きしめて。〜双子の月とキミ〜
「こっちが階段だっただろ。こっから見ただけじゃダメなのか」
ずるずると引っ張られるようにして、階段があった方向から滑り落ちる方向を向いて上空を見上げる。けれど眼前に広がるのは不吉な灰色の雲ばかりだった。
弱くなる雨とともに薄く、切れ間が見えるようになってきてはいるけど、月は見えない。
「時間がまだ早いのかな」
想史が自分の携帯を取りだす。
「五時か。うっすら見えてもいいような気がするんだけどな。つうか月って見えなくても、そこにあるって言うだろ。じっと見てたらどうにかならないかな」
そう言われてしばらく空を凝視するけど、何も起きる気配がない。やっぱりすべり台がないとダメなのかも。どうしてか全然わからないけど、あれが二つの世界を転換する重要な舞台装置だったような気がしてならない。
どうして良いかわからず、空を見上げて呆然としていると、バッグの中で携帯が震えた。慌てて出ると、想史の声が。
『あとどれくらいで帰ってこれそう?』
焦っているのが声からわかる。朔の状態が良くないということだろう。私だって一刻も早く帰らなきゃって思ってるよ。