「先生、愛してる」




放課後。秋奈が来るこの時間を心待ちにしていた僕の耳に、突如として飛び込んできたのは思いもよらないものだった。


男性と思わしき声と、秋奈の声が入口の扉向こうから微かに響いてくる。図書室のカウンターと扉は隣接しているため、小さな声でもよく耳に入る。


友人だろうか。しかし、秋奈に親しい友人の類がいるという話は聞かされていない。友人でなくとも、他人という存在を彼女は話題として一度も出したことがなかった。もしも彼女にそのような人間がいたとすれば、必ず僕に話しているはずだ。話さないということは、"いない"と解釈してもいい。

何しろ、彼女は過去にいじめられていた人間だ。誰かと交友関係を築く機会など、とうの昔に失っているはずだった。

それらから察するに、彼は友人などではなく、たまたま何かの用事で秋奈に接触を図ったのだと考えて良さそうだ。


しかし、相手の男は突然秋奈に向かって「柏木さん、好きです」と言った。


僕は驚いた。本を捲る自身の手が静止し、紙から離れる。栞を挟んで本を閉じると、しばらくは真剣に聞き耳を立てていた。


彼の告白に対し、秋奈は彼のことを知らないと言い断った。好きではない、ではなく知らないと来たものだから、思わず吹き出してしまいそうになった。そもそも、秋奈が了承の返事を言い渡すわけがない。秋奈は、僕のものなのだ。


「良かったら、友達からでも」


男は言った。
なかなか粘るやつだなと感心する。


しかし、この提案には秋奈も断りにくかったようで、男は無理矢理に交友関係を結ばせ去ったようだった。

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