願いごと、ひとつ。
 
 その人は、かなり年上だった。
 
 ちょうど入社したばかりの頃、友達と買い物に出かけた帰りに、たまたま食事をしに入った店のオーナーだった。
 
 それにしても、初対面の、しかも自分の店に来た客をあんなに強引に口説くなんて、所詮たいした男じゃなかったのだろう。
 まだ二十二歳だった私にはそれがわからなかったけれど。
 
 たいした男でなかったにしても、当時の私に年上の男の目論見なんて、そう簡単に見抜けるはずもない。
 結局、別居していたはずの奥様に子供ができた――と、あっさり別れを告げられた。

 今となってはもうどうでもいいけれど。 
 
 半年前のその夜、孝志は落ち込んでいた私に朝まで付き合ってくれた。

『もう俺と付き合っちゃえば?』

 その一言に、救われた気がした。でもあの時、傍にいるのは孝志でなくても良かったのかもしれない。
 いなければいないで、たぶんそれでも良かった。
 孝志にしてみたらずいぶんと失礼な話だ。

『ほんとにおまえは冷たい女だよ――』

 そう言われても仕方ない。

 
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