例えば君に恋しても


それでも、こんなくだらない物をわざわざ届けに来てくれる男がこの世の中で彼以外にいるだろうか。

会うための口実にしても無理がありすぎる理由で、思わず微笑まずにはいられなくなってしまう。

「ありがとう。助かったわ。これがなかったら、ボールペンが乾いて書けなくなっちゃうもの。」

「そう言ってくれると思ってた」


1時間ほど他愛ない会話をしてファミレスを出た。

彼が深くまで私の事を聞こうともしなかったのが妙に安心した。

彼は・・・私なんかと居て、一体何を感じているんだろうか・・・?


知りたいような

知りたくないような


「アパートまで送るよ」

「絢香や隼人以外に見られて変な噂を流されても困るから遠慮しとく」

「でも、こんなに暗い。」

「子供じゃないんだから平気よ」

そう言って、彼に、背中を向けて歩き出す。


困るのは変な噂を流されたりすることじゃない。

傷つきたくなくて

一人で生きると決めて

心に何重にもせっかく鍵を、かけたのに

彼という男はその鍵を丁寧にひとつずつ開けてはくれない。、早送りのように簡単にぶっ壊して容赦なく私の心に触れようとする。

その強引さが嬉しいようで、少し恐い。

心の準備もできないまま

誰かを受け入れられるほどの心境ではない。

くるっと、振り返るとまだ、私を見送ってた彼と遠目に目が合う。

大きく手を振る彼に、小さく手を振り返す。

もしも

もしもだけど

もし、瑛士さんに出会うよりも前に新一さんに先に出会っていたなら

きっと私は簡単に恋に落ちてたのに違いない。


こんなに愛した相手が新一さんだったなら・・・

私はもっと、別の人生を生きていたのかもしれない。なんて

くだらないことをぼんやりと考えながら街灯の少ない暗い家路を歩いた。





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