もう泣いてもいいよね
「ワン、ツゥー、スリー、フォー」


一呼吸置いて香澄は、指先で床を軽く叩いてリズムを取り、歌い始めた。


さっきまで聞こえていた虫の音が消えていく。


香澄の透き通った声が、ツリーハウスの中をその世界観に引き込んでいく。


静かなメロディに載せた歌詞は抽象的だった。


でも、愛する人を思う歌だということはわかる。


そして、染みるように心に深く入ってきた。


流れるようなメロディー。


跳ねるような言葉。



そして、香澄の歌声が消えた。


私もタケルも目を閉じたまま無言だった。



「どうだった?」

香澄の声にハッとして目を開けると、また虫の音が存在を主張しだした。

「すごいよ…なんて素敵な曲」

「こんなところでアカペラだと、来るよな…おれ、香澄のファンになった…」

「ありがと」

香澄はほんのちょっとの笑顔になった。

照れてる時の表情だ。

「香澄、なんて曲?」

「月のたね」


「あ、moon sprout?」

「そう。省吾とバンド組む前に作ってた曲で、それを省吾がバンド名にしてくれた」

「そっか。たねから芽かぁ…すっごい素敵だと思う」

横でタケルがうんうんとうなずいている。

「ありがとう」


私たちは、アンコールをした。

香澄は素直に受けてくれて、この夜は忘れられない夜となった。 
 
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