もう泣いてもいいよね
香澄は、綾女の言葉を思い出していた。

タケルが触っていけないのは、霊力のある子守花だ。

その霊力のある子守花は、祠の後ろの洞穴の天井がぽっかり開いた場所に咲く子守花だけのはずだ。

ここの子守花は一晩しか咲かないから霊力はない。

それでも、タケルのそばに子守花を置かないことに越したことはない。


それに、皆美が摘んでも…



「そうなの?」

「うん、咲くのは満月の光が当たっている間だけ。だから、普通見られないんだよ」


「そっか…」

私はちょっと考えたが、摘むのはやめた。

見える範囲でそんなに咲いている訳じゃない。

貴重な花だと思う。

そんな花を摘むのは意味がない。


「じゃあ、やめる。見ることができただけでも良かったよ」

それを聞いて香澄はほっとしたような表情をした。

やっぱり、摘まない方が良かったらしい。



しばらく、子守花を眺めた。

そこにある子守花は全て咲いた。

どの花も自ら光っているように見えた。

こんな光景は一生に一度しか見られそうにないと思うくらいに。

星空も本当にきれいだった。



満月が、また雲にかかった時、私は立ち上がってお尻をはたいた。

「そろそろ帰ろうか」

私がそう言うと、香澄とタケルも安心した感じで立ち上がり同じようにお尻をはたいた。

二人が先に斜面の上に上がったが、私は振り返って、もう一度子守花を見た。

その時、足を乗せた石が動いた。

「うわっ!」

中途半端な体勢で横に倒れ、そのまま反動で滑り落ちそうになった。

「皆美!!」

タケルが私の手を掴んでくれたので急斜面の方までは落ちることがなかった。


「何やってるんだよ…気をつけろよぉ」

タケルが良かったあという顔で胸をなで下ろした。

「ごめん」

私はきっと余裕のない顔で謝った。

「ああ、びっくりした…」

私はまだ心臓がドキドキしたままで、もう一度下をちらっと見ると、そこから何もないように見える崖と風景の境が地獄への入り口に見えた。

本当に良かった…と私も胸をなで下ろした時だった。


「タケルっ!!」

香澄の悲鳴に近い叫びに、慌てて私の手を掴んだままのタケルを見た。
 
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