呼び名のない関係ですが。
高遠さんは駅とは反対方向へと私の背中を軽く押す。

私は、私の一歩前を歩く横顔をそっと盗み見た。

会社で見せる有能な顔とも身内に見せた傍若無人な顔とも違う、もっと自然な高遠さん。

これは高遠さんが私に見せている顔?

あまりに上手に使い分けられると、どれが本当の高遠さんなのか分からなくなる。

こんな解釈さえも自分の都合のいいような気がして、小さな溜め息を零した。

「疲れさせました? あいつ、エンドレスに騒がしいから」

高遠さんは私の溜め息を『ひと疲れ』と解釈したらしい。

彼は苦笑を浮かべながらも、歩調を緩めて私のノロいペースに合わせてくれる。

「こういう不意討ちみたいなのは……。最初に言ってくれれば」
「言ったら断わったでしょ、三峰さん」
「それは。まあ」
「丁度、あなたが居た方が都合が良かったんで」
「そう」

深い理由を聞く気になれずに曖昧な相槌を打つと、小さな笑みを残したまま前を見て歩いていた高遠さんが不意にこちらを向いた。

「俺と兄貴ってあまり似てなかったでしょ」
「……雰囲気は違うと思ったけど」

お兄さんの落ち着きは高遠さんのイメージとは別物ではあったけれど、笑ったときに出来る目尻のシワなんかはそっくりだったし、何と言っても視線が合ったときの目力が強くて、やっぱり兄弟って似ているものなんだなと密かに感心していたのだ。

「あっちは昔から興味のあることに没頭するタイプで努力型ってやつなんすかね。歳もそこそこ離れてるから、ケンカもあんまりしなかったし。まぁ、その分、あいつとはよくケンカしてたんですけどね」
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