臆病者で何が悪い!

「どうしてあいつがここから出て来たのかって、聞いてるんだよ!」

「きゃ……っ」

生田の手が私の肩を掴み、壁に乱暴に押し付ける。その手の力の強さに悲鳴を上げた。

「い、生田、待って――」

「もうここに飯塚はいないはずだよな? なのに、なんで?」

私を見下ろす目は酷く歪んでいて、胸の奥底まで痛みで貫かれる。

「違う、ちが――」

「何が違うんだよ。本当は、昨日飯塚が来ていたっていうのも嘘なんじゃないのか? 本当は、田崎がずっといたんじゃないのか。合鍵渡しても俺の家に来ようとしなかったのは、本当は――」

その気迫に圧倒されて、言葉が上手く出て来なかった。でも、生田が何か大きな勘違いをしていることに気付いて、驚きのあまり停止していた頭が急速に動きだす。

違う。何もかもが違う――!

「生田っ! 聞いて! 聞いてよ!」

私は力の限りにその腕を掴んで、声を張り上げた。

「生田っ……!」

思わずその身体を抱きしめた。抱き締めた身体は悲しくなるほどに冷たくて、そして強張っていた。その振動が直に伝わって来るほどに、心臓が激しく鼓動している。

「お願い。聞いて……」

こんなこと初めてのことだった。こんな風に私に怒りをそのままぶつけて来たことはなかった。きっと、私には見せないだけで、これまで何度も何度も葛藤して自分の中で消化して来たんだ。私はいつの間にか忘れていた。私が田崎さんを好きだったことを生田が知っているということを。田崎さんへの片想いが砕かれて泣いた私の傍にいてくれたのは、生田だ。

――それがどういうことなのか。

そのことを深く考えることをしなかった。考えようとも思わなかった。私の中では完全に終わった想い。今では何の曇りも迷いもない。生田のことだけを想っている。
でも、その心を生田は見て確認することなんて出来ない。いつも私に優しくしてくれている陰で、どれだけ生田は耐えて来たんだろう。どれだけ不安にさせていたんだろう。こんな風に自分を失くさせるほど追い詰めるまで気付けないなんて――。

「ごめんね。生田、ごめん。でも、ちゃんと説明するから、聞いて」

力の限りその身体を抱きしめる。ちゃんと伝わるように。これが私の本当の気持ちだと分かるように――。
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