臆病者で何が悪い!

俺の言葉に、いつものように嫌味な笑みを浮かべて嫌味な言葉を返すのだろうと思っていた。
でも、こちらを振り向いた田崎の顔は、そんなものではなく予想に反して真顔だった。

「おまえに言われなくても、そんなことは分かってるさ。おまえよりよっぽど僕の方が長く彼女の近くにいたんだからな。内野さんは、寂しいからといって言い寄って来る男に流されるようなバカな女じゃない」

その声に、理由の分からない焦りを感じる。
どうしてだか、その言葉の続きを聞きたくないと心が訴えて来て耳を塞ぎたくなる衝動にかられた。

「でも、僕はそのへんの男とは違うだろ? 彼女が好きだった男だ。一度は想いを寄せた男だ」

その言葉が情けないほどにストレートに胸に突き刺さる。それでも、俺は平静を装った。

「いつの話をしているんですか? そんなこと、もう何の意味もないですよ」

俺のそばで笑ってくれる。すぐに浮かび上がる沙都の笑顔が俺に勇気をくれる。
確かに今、一番沙都の近くにいるのは俺だ。

「――そうかな。おまえが今、彼女といられるのはどうしてだ? よく考えてみろ」

「それはっ……」

「もし僕が、希ではなく内野さんを好きだと言っていたら、おまえの出る幕なんてなかったよな? 僕が彼女に好きだと告げていたら、迷わず内野さんは僕の気持ちを受け入れたはずだ。そうだろう?」

今度はただ突き刺しただけじゃない。
毒でも塗られていたかのように、じわじわと痛みを広げて行く。

沙都はずっと、田崎に片想いをしていた。
あの頃、もし田崎が沙都を好きだと言っていたら――。間違いなく、二人は恋人同士になっていただろう。俺が入り込む余地なんてなかった。

「おまえが今内野さんと一緒にいることが出来ているのは、僕が希と付き合ったことによるおこぼれみたいなものだろ。それを忘れたの?」

落ち着けと、身体中が俺に訴えて来る。でも、嫌味なほどの正論が、俺を揺るがしてしまいそうになる。

「――だから。もし、僕が彼女に『好きだ』と言ったら、どうなるんだろうな。どこまでも自分に自信の持てない内野さんのことだ。僕が”彼女を想ってる”なんてこと夢にも思っていないだろうから、信じられないと驚くかな。でも、間違いなく心は揺れるだろう。そして、少しの悔いを感じるかな――」

やめろ、やめろ――。

「”どうして、もっと早くに言ってくれなかったのか”、と」

耳元にこびりつく田崎の声が、俺の心を醜く浸食しようとする。

「そんなこと、あいつは思わないですよ。今はちゃんと俺を――」

「そうだね。おまえお得意の余裕綽々の態度で、大きな気持ちでどんと構えていればいい。表情一つ変えずに、どうってことないって顔でいればいいだろう。おまえはそうやって何でも上手くこなして来た男なんだから」

ひらひらと田崎の手が舞う。

「おまえが言うように、内野さんがちゃんとおまえのことを想っているのなら、少しの時間でもどんな隙間時間を見つけてもおまえに会いたいと思うだろう。それが恋だ。現に、俺のことを好きだと言った希は、『迷惑かもしれないけど』と言いながら、少しの時間が出来ればどんな時間でも俺に会いに来た。内野さんもそうだといいな。じゃあ」

「待てよ!」

頭で考えるよりも前に、俺の声が田崎を呼び止めていた。

「あんたは俺を挑発したいだけだよな? そんなことのために、あいつの気持ちを振り回すようなことをするのはやめてくれ!」

「ここは職場だぞ。そんな大きな声を上げるなよ」

どうしたって、俺は、この男を超えられないのか――?

そんなこと、最初から分かってあいつの傍にいる。
それでいいと思って、自分で望んであいつの傍にいることにした。

それなのに、どうしてこんなにも苦しい――?

少しずつ沙都の心が俺に向いてくれていると実感すればするほど、欲張りになっていた。
もっともっとと、求めてしまう。

「そんな心配、必要ないだろ? 彼女はおまえのことを今ではちゃんと想ってるっておまえ自身がさっき言ったんじゃないか。二人の関係が確かなら、僕が何をしようと大丈夫だろ? おまえはちゃんと彼女を信じていれば、それでいい」

信じていれば――。

沙都が俺のことを好きならば、今さら田崎に何を言われても、振り回されたりしない――?
沙都の心が傷付いたりしないのか――?
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