臆病者で何が悪い!
容赦なく押し寄せて来る仕事。
それはどれも、一つ一つ重要な決定をしていかなければならないようなもので。
一瞬たりとて気を抜けない。
すぐ近くにある、田崎と沙都が並ぶ席。
なるべく平静でいようとしている。
ここで不必要に意識したりすれば、それは全部田崎の思うつぼなのだと。
分かっているつもりだった。
そうして疲れ切って自宅に戻れば、どうしたって思い浮かぶのは沙都のことで。
会えないのは自分のせいだと分かっているのに、どうしても会いたくなる。
ただ、抱きしめることができれば。
この胸の奥のもやもやも、すべて帳消しに出来る。
触れ合えば落ち着く感情もある。
ただ触れるだけで、実感できるのに――。
『内野さんがちゃんとおまえのことを想っているのなら、少しの時間でもどんな隙間時間を見つけてもおまえに会いたいと思うだろう。それが恋だ』
田崎の声が俺を、闇へと突き落とそうとする。
俺はもう、こんなにも会いたいと思っている。でも、沙都の口からその言葉が出て来ることはなかった。
おまえは、俺に会いたいと思ったりしないのか――?
疲れ切った身体をベッドに投げ出し、ただ天井を見上げる。
こんなにも求めてしまうのは、未だに俺だけか――?
どうしても湧き上がるネガティブな感情を追いやれなくて、ベッドの上でうずくまる。
ダメだ。こんなことを考えてしまうくらいなら、俺から会いたいと言えばいい。
だから、俺は合鍵を準備したんだ。
廊下で姿を見つければ、余裕のないただのみっともない男になって沙都を抱きしめていた。
頭では分かっていても、どうしても感じたかった。
沙都のぬくもりを。
俺の腕の中で抱きしめ返してくれる沙都の手のひらを。
俺は、みっともない男だよ――。
脳裏をよぎる田崎の憎たらしい笑みを感じながら、またもみっともないことをする。
何度だって、分からせる。沙都は俺のものだって。
抵抗する沙都の鎖骨下あたりに唇を当てる。
「も、もう付けないで、恥ずかしい――」
「ダメだ。おまえの隣の席の男に牽制しなきゃならないから」
田崎に入り込ませる隙なんて与えないように。俺だけを見ていてくれるように。
「俺のマンションの鍵。いつでもおまえが来たくなったときに来られるように」
きょとんとした沙都の手のひらの上に、合鍵を置く。
おまえも俺に会いたいと思ってくれるなら。いつだって来てほしい。少しの時間でも、一緒にいたい。
「『おまえが来たい時に』と、かっこつけて言ってみたけど、俺の真意は『出来るだけ来てくれ』ってことだからな」
そして、結局惚れている方の俺は、そんなカッコ悪いことを言ってしまう。
おまえから来たいという気持ちになってくれなんて贅沢なことは言わない。
俺が会いたいからって理由でもいい。
それでもいいから、会いに来て――。
身体を繋げなくても、ただ抱きしめて眠ることが出来れば、それだけで俺は満たされる。
腕の中にその存在を感じることが出来れば。それだけで俺は強くなれるから。
俺のみっともない望みを、叶えてほしい――。