臆病者で何が悪い!
合鍵を渡した日から、俺は何度も期待した。
マンションの部屋のドアをあけたら明かりがついていて、あの愛おしくてたまらない沙都の顔を見られることを――。
毎日帰りは深夜に及ぶ。だから、寝顔だってよかった。
でも、何日経っても部屋は暗いままだった。
”今が一番大切な時だよね。私のことは気にせず、自分のことだけ考えて。休む時はしっかり休んで。私は大丈夫だから。”
メールの返事はいつもそれだった。
どうして、そんなに聞き分けがいいんだよ。俺が来てくれって言ってるんじゃねーか――。
『どうしたって会いたくなる。それが恋だろ』
真っ暗な部屋で、一人座り込む。
真冬の部屋は、身体の芯まで凍えさせる。
仕事に追われて、時間に追われて、愛しい人の温もりは逃げていく。
結局、以前と何も変わっていないのか。
俺が手に入れたのは、身体だけなのか。
今、おまえは何を思ってる――?
おまえの傍には、誰がいる――?
コートも、スーツも、ネクタイも、どれも手にする気にはなれなくて。
身体は嫌って程疲れ切って動けない。
真っ暗な俺の部屋は、まるで俺を孤独にする空間みたいだ。
引きずりこまれたくはないのに。
いつだって、強くいたいのに。
そうでなければ、あいつの心を包み込めないのに――。
どうして俺は、こんな卑屈な気持ちになってるんだ。
「内野さんと、全然会ってないだろ?」
トイレで嫌な顔と出くわした。
もちろん同じ課なのだから、その憎たらしい顔は視界に入る。
でも、なるべく二人きりにならないようにしていた。
「会わなくても平気だなんて、生田係長も、やっと余裕が出て来たのかな?」
何をそんなに嬉しそうにしているんだ。
「でも、本当に平気なんですか? 彼女が何をしているのか、分かっているの?」
その、中途半端な敬語が耳につく。
「どういう意味ですか?」
とてつもなく嫌な予感がして、一気に体温が下がるような感覚に陥る。
「おまえが忙しくしていて、彼女が退庁したあと。おまえが彼女と会えていない時間、一体内野さんは何をしているのか――」
「まさか――」
沙都に何か言ったのかーー?
「まさか? まさか、なに?」
思わず手が田崎に伸びそうになって慌てて手を引っ込める。
それでも俺は、沙都を信じていた。
そして、多分、田崎のことも――。
俺をこうして挑発はして来ても、実際に行動に移したことはこれまでない。
だから、俺を感情的にして翻弄していれば気が済んでいるのだと思いたかったのかもしれない。
「まさか、僕が彼女に気持ちを伝えたのかもしれない、とか?」
気持ちって。だいたい、気持ちってなんなんだ。
「あなたの気持ちってなんなんですか。俺に挑発したいだけですよね? あなたは飯塚と付き合っている。田崎さんは飯塚を選んだ。飯塚に惚れたからじゃないんですか? 内野に対して特別な気持ちなんかないはずだ」
「今はどうかなんて、おまえに分からないよな? 挑発したいだけとか、勝手に決めるなよ。確かに、おまえのことが気に入らないって、そう言ったよ。でも、それだけじゃないかもしれないじゃないか」
「ふざけるな!」
さっき懸命にとどめた俺の手は、田崎の肩を強く掴んでいた。