臆病者で何が悪い!
「おまえが彼女と会っていない時間、僕が彼女と過ごしている可能性が絶対にないって言える?」
「あたりまえだ」
沙都がそんなことをするはずはない。
それは、どんなに不安だとしても断言できる。
「じゃあ、なんでおまえに会いに行かないの?」
「それは、俺のことを気遣って――」
「だから。この前言っただろ。それでも会いたくなるのが恋だって。彼女は本当におまえに惚れてるのかな。内野さん、僕に対しては――」
「黙れ」
僕に対しては――。その言葉の続きは聞きたくなかった。
聞く必要はない。
俺の知らないところで田崎と会っているなんて、そんなばかばかしいこと聞く必要ない。
俺は分かっている。
沙都はそんな器用な人間じゃない。仮にも飯塚はあいつの親友で。
そんなことを平気で出来る女じゃない。
「これ以上、沙都を侮辱するようなことを言うな」
スーツの襟元を握り締めあげる。
「美しいね。そうやって信じていろ。一生懸命に自分にいいきかせていろよ」
そう言うと、俺の腕を振り払った。
見ていれば分かること。
二人きりで会えていなくても、毎日沙都の顔を見ている。
そんなことをしている顔じゃない。
田崎と話している時だって、特段変わった様子はない。
それに――。
俺と目が合えば、密かに恥ずかしがる。そしてぎこちなく微笑んでくれる。
何もかも田崎の狂言だって、分かり切っていること――。だけど、もう限界だった。
早く、沙都に会いたくて。
この腕に抱き締めたくて。
心も身体も悲鳴をあげていた。
同期の飲み会がある日の前日。
(飲み会の後、俺の家に来てほしい)
俺はそう沙都にメールを送った。
仕事は相変わらずだったけれど、翌日は土曜日だ。
なんとかやりくりして、残った仕事は日曜日に出勤してなんとかすればいい。
田崎のくだらない挑発を完全に跳ね除けたい。
何より沙都に会いたい。
(うん。今日は行くね)
やっと待っていた返事が返って来た。
この心の中にくすぶるどす黒い感情も、沙都の笑顔を見てこの手に抱けば全部吹っ飛ぶことが分かっている。
あと少しの我慢だ。
沙都が飲み会に行くために退庁した後、俺は少しでも早く帰るべく夕食も食べずに仕事をした。
同期の飲み会は、二次会まで参加したとしても23時には終わるだろう。
そうしたら23時半には俺の家に来られるはずだ。
そう頭の中で時間の計算をして、少しでもその時間に帰ることが出来るようにとひたすらに業務をこなした。
気付けば21時を過ぎて、そろそろ半になろうとしていた。
あと一時間半、頑張るかーー。
沙都に会えるのだと思うと、嬉しくて。
早く会いたい――。
仕事に手を戻そうとした時、田崎が口元を押さえながら慌てて部屋を出て行くのが視界に入った。
耳にはスマホを当てている後ろ姿を見送る。
電話でも来たのか――。
飯塚だろうか。
それともーー。
はあ。どうしてこうも非合理的と分かる思考をしてしまうのか。
頭をふるふると振る。
「係長、頭でも痛いんですか?」
「ああ、すみません、何でもないです」
部下と言っても先輩の職員に詫びる。
少しずつ慣れて来たと言え、自分より先輩の上に立つのはそれなりに神経を使う。
「最近、全然休んでないでしょ。少しは休んだらどう?」
「ああ、今日は少し早めに帰ります」
そんなに疲れて見えてるかな。
とにかく、早く仕事を進めないと――。
そう思ってパソコンのキーボードに手を置いたその時だった。