臆病者で何が悪い!
(信じないならそれでいい。でも、そんなに自信があるのなら来てみたらどうだ? 僕がいるかどうか)
「そんな必要ない!」
冷静になれとどれだけ自分に言い聞かせても、昂ぶる感情が俺を飲み込もうとする。
いろんな不安が、これまで耐え続けてきた感情が、俺をかき乱す。
「飯塚に確認すれば済むことだ。あいつの家にいたのかどうか。簡単なことだ」
(そんなこと、していいのか?)
ほくそ笑むのが目に浮かぶような声でそう言った。
「……は?」
(もし、僕が言っていることが本当だったら、おまえはどう責任取る? 希は僕と内野さんが密会してるなんて知らないんだぞ? それをおまえがバラすことになる。内野さんと希の友情を壊すことになるんだぞ?)
何も反論できない俺を、田崎は鼻で笑う。
(まあ、そんなことしなくても、おまえがこれから内野さんのマンションに来てみればいいだけだ。じゃあ、もう切るよ)
そう言って、ぷつんと通話は一方的に切れた。
俺は、何かを間違えたのか――?
何もあるはずないと思い続けた俺が、バカだったのか――?
でも。どう考えても、田崎が言っていることが本当のことだとは思えなかった。
ただ一つ確信の持てることがあるからだ。
沙都の俺への感情には自信をもてなくても、沙都という人間については100%の自信がある。
バカがつくほどにお人好しで、自分のことより他人のことを考えてしまう人間だ。
そんなあいつが、友人を裏切るようなことをするはずがないんだ。
『――それが恋だ』
不意に浮かぶ田崎の声が俺を恐怖で竦み上がらせる。
大丈夫だ。全部田崎の作り話だ。
田崎の言うように、沙都の部屋に行けばはっきりする。
何事もなかったように沙都が出迎えてくれるはず。
『どうしたの?』
って笑顔で出迎えてくれる――。
俺は、職場を飛び出した。
「すみません、今日は帰ります!」
「生田さんっ?」
くしゃっと笑う沙都の顔ばかりが浮かんだ。
もし、田崎が沙都に『好きだ』と言っていたとしたら――。
もし、俺の知らないところで二人が会っていたとしたら――。
人通りの少ないオフィス街を走り抜けながら、クソ腹立たしい妄想ばかりが頭を覆う。
『ごめん。実は、今、希がうちに来てて。詳しいことはまた明日話すけど、今日は希のそばにいてあげたいの。だから、今日はそっちに行けない。本当に、ごめん』
”そっちに行けない”理由が、
俺が沙都のマンションに行くと言ったのにそうさせなかった理由が、
田崎が部屋にいるからだったとしたら、俺は――。
バカか、俺は。
田崎なんかの言葉にこんなにグラグラさせられて。
大丈夫だ。絶対に大丈夫なんだ。
『僕が内野さんを好きだと言ったら、彼女はどう思うかな』
懸命にバカげた思考を吹っ切ろうとする俺を邪魔するように、田崎の声が追いかけて来る。
俺は、沙都にとって好きだった男ではない。
最初は、男としてすら見られていなかったんだ。
沙都の田崎への想いが成就しなかったから、沙都は俺と付き合うことにした。半ば強引に俺のものにした――。
沙都が好きだったのは田崎だ。その田崎が本当は自分のことを好きなのだと聞いてしまったら。沙都はどう思う?
動揺して。
混乱して。
そんな気持ち受け入れられないと苦しむだろうな。
たとえ、田崎を想う気持ちが胸の奥底に残っていたとしても――。
そこまで考えると、息が出来なくなるほどに胸が痛くなった。
田崎の口から吐かれる『好き』は、きっと俺がどれだけ積み増しても敵う『好き』じゃなくて。
だけど沙都は、本当は嬉しくても嬉しいと思うことさえ許さないだろう。
俺のことを想って。
飯塚のことを思って。
他人のことばかり考える奴だから。
俺に遠慮して我慢する。なかったことにする。
だけど――。それでも、田崎は沙都の気持ちを利用しているだけで、本当にあいつのことを想っているわけじゃない。
だから、そんな田崎の元になんか行かせられるはずもない。俺が捕まえていないといけないんだ。