臆病者で何が悪い!
尻込みする沙都を引きずるようにして、店内に入る。
奮発して少し高級な店を選んだ。
「ちょっと、絶対ここ、高いよ」
身をかがめて声を潜めて、席についてまでもまだそんなことを言って来る。
「いいだろ? これだけ馬車馬のように働いてんだ。少しくらい贅沢させてくれ」
鉄板焼きの店の、カウンター席に並んで座る。
メニューを開くと、確かに高い。
昼間だというのに地下にある店は、ムーディーな雰囲気を漂わせていた。
「……分かった。ここは、任せておいて」
「は? 誰も、おまえに奢らせようとなんて思ってねーよ」
あれだけ居心地悪そうにしていたくせに、急に強がり出す。
胸を張って、ドヤ顔をしてきた。
「ご褒美だって。たくさん働いている生田くんへのご褒美だよ」
沙都に奢らせるつもりだったら、こんな店に入ったりしない。
「バカ。ここ、めちゃ高いんだぞ。見栄を張るな」
「その高い店に入ったのは生田じゃないの」
「それはだな。自分が払うつもりで――」
「たまには、私の言うことも聞きなさいって。なんでも食べていいよ」
沙都が俺の肩を叩いて来る。
なんだ、その笑顔は。めちゃくちゃ引きつってるじゃねーか。無理しやがって。
余計に好きなもの選べなくなるだろ。
「……じゃあ、この、オージービーフで……」
「ちょっと! この店で一番安い肉じゃないの! せめて、国産黒毛和牛くらいにしなよ。もういい。私が勝手に注文する! すみませーん、注文お願いします」
「おいって」
勢いよく手を挙げて、店員を呼び止めた。
「この、特上黒毛和牛の盛り合わせ二人前で!」
「おまえ、ちょっ――」
引き留めようとする俺を黙らせて、沙都が店員に満面の笑みを向けていた。
俺たちの目の前の鉄板には、特上黒毛和牛が食欲をそそる肉汁を染みだしながら焼かれている。
「なんか、私、大人になった気分」
「バカ。ったく、本当におまえは……」
呆れたように頬杖をつく。
まあいい。会計の時、あいつの知らない間に払っておこう。
さすがに、二万も沙都に払わせるわけにはいかない。
「勝手に払っておこう、とか思っても無駄だからね」
「え?」
俺の心の声が聞こえたか――?
「そう言えば、私、ずっと前に生田にビアガーデンおごらせてそのままになってたでしょ? その分もあるんだし、黙って私に奢られてろ!」
昼から生ビールのジョッキを掲げた沙都が俺に言い放った。
ちゃっかり、生ビールまで二人分勝手に注文していた。
真昼間からビールを飲むのはなんとなく気が引けるものの、そのなんとなく悪いことをしている感じがたまらない。
やっぱり美味いな。
もうやけくそになって一気に飲み干した。
「――生田さ」
「ん?」
一枚一枚味わうように肉を食べている。
いくら腹が減っているからと言って思うままに食べていたら、あっという間になくなってしまう。
これ、一枚あたりいくらだよ……。
どうしても、そんなことを考えてしまう。
「やっぱり、出世とかしたいの?」
「は? なんだよ、急に」
ビールを口にしながら、沙都が呟くように言った。
「だって、キャリア職を選んだってことは、やっぱり上に立ちたいとかあるわけでしょ? ゴールは事務次官とかさぁ」
「俺にそんな欲求ねーよ。俺が事務次官って柄か? それに、俺みたいな人間は上には立てねーよ」
何を言い出すかと思ったら。
正直言って、俺に出世欲なるものはまるでない。定年まで働かせてもらえるなら、役職なんてなんだっていいくらいだ。
キャリアの出世レースに必要なものは、仕事をこなす能力だけじゃない。
人脈と、人望と。まあ、つまり政治力みたなもの。人に取り入り力のある者にいかに気に入られるか。部下から慕われるか。そして、最後は運。
出世するために人に取り入るとか、俺には無理。
「じゃあ、なんでキャリア官僚になったの?」
「なんでって、試験に受かったから……」
「なに、それ!」
沙都が、どんとジョッキをテーブルに置いた。