臆病者で何が悪い!


デスクの上にあったいくつかの回覧に目を通す。様々なお知らせや情報が、こうやって課内で回覧される。さっと一通り読み、自分の名前の欄にチェックを入れ次の人へと回そうとした。まだ、この回覧を見ていない人は……生田か。もう来てるのかな。そう思って後ろを振り返ると、ちょうどそこに生田が現れた。

「おはようございます」

まったく抑揚のない声でそう言って、席についていた。

「おはよう。これ、回覧」

生田の席に出向き、デスクの上にその回覧を置こうとした。

「あ、ああ」

ん――?

ほんの少しだけ、生田が慌てた気がする。そう思って、無意識のうちに生田が手にしている鞄に目が行った。

「あれ? それ、しむらやの紙袋じゃない?」

生田が鞄から必要なものを出しているのと一緒に、小さめの紙袋がデスクに零れ落ちた。

「あ……」

いつもはほとんど動かないその表情筋が動いたような気がした。そんな焦ったような顔、見たことがない気がする。

「生田も、しむらや行くんじゃん――」

その紙袋から、透明のビニール袋がはみ出ている。

それって、もしかしてあんぱんじゃ……。しむらやのパンでその大きさの透明の袋に入っているのはあんぱんだけだったような。

「それ、あんぱん?」

私は不思議に思って、つい生田に聞いてしまった。その時、その目がバツが悪そうに伏せられる。

「……あんたにやるよ」

「え? でも――」

何故か生田は溜息をつき、投げやりにそう言ってきた。そして同じように投げやりな態度でその紙袋を私に押し付ける。慌てて私がそれを受け取っていると、もう生田はパソコンの向き合っていた。私の元に来たその紙袋の中を確かめてみると、そこには本当に私の大好物のあんパンが入っていた。ビニール袋の裏側を見てみると、製造年月日が昨日の日付になっている。

「昨日のだ。ここのあんぱんは作ったその日のが一番美味しいんだけど……」

そこまで言って、はっとする。

「……昨日、買ったの?」

昨日のいつ、買ったのかな。それより――。

「生田、あんぱん嫌いだったんじゃないの……?」

自然と言葉にしてしまっていた。それでもその背中は、こちらを見ない。

「嫌いだから、あんたにやるんだよ」

答えになっているような、ないような……。
ここは冗談めかしたほうがいいのか――?

いまいち生田という男の性格を掴みかねる。仕方がないので、いつも他の人にやるようにおちゃらけて見せた。

「まさか、私のために買ったとか?」

「……」

そんな私の冗談だけが宙に浮く。普通の人なら、「んなわけねーだろ」とかってツッコんでくれるんだけれども、やはり生田相手ではそんなやり取りはできないらしい。これ以上は虚しさを伴うだけだ。おとなしく退散しようとしたら、突然、生田が無言のままくるりとこちらを向いた。

ううっ。冷めた目だ。こんな冗談、通じなかったかな――。

「――だったら、何」

「へ?」

想定外の言葉が発せられて、バカみたいに口をぽかんと開けて生田を見つめてしまう。冗談言って調子に乗っていたのから一転、焦る。冗談言って面白おかしくするのは大得意だけど、おきまりの返しがないと私はフリーズする。

「――フッ」

そんな私を見て、生田が笑った。いや、”笑った”なんていいものじゃない。嫌味なニヤリ顔で私を見上げて来る。

それ、完全に鼻で笑ってるよね――?

「な、なによっ」

「あんたの顔、超、間抜け面なんだけど」

「ま、まぬけ……っ」

「それ、今日中に食べろよ」

「ちょっ――」

言い返そうにも、生田はあっという間にまたくるりとパソコンに向かってしまった。

絶対、今の、私をおちょくったよね――?

きぃーっと、一人怒ってもそこには背中しかないわけで。仕方なく自分の席に戻る。そして、何とも言えない気持ちで手の中の”あんぱん”を見つめた。

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