臆病者で何が悪い!
――この前は、あまり話せなかったけど久しぶりに会えて嬉しかったです。ニューヨークに来てくれるのを待ってます。 岩谷 沙奈絵
悪魔に魂を売ってしまったからかな。きっと罰があたったんだね。身体を何か鋭いもので貫かれたように、熱い痛みが走る。呼吸をするのも忘れて立ち尽くして。息苦しくなって息を吐き出したのを引き金に、激しい呼吸を繰り返した。
”ニューヨークに来てくれるのを待ってます”
それってーー。
咄嗟に頭に手をやる。いろんなことが加速度的に点と点を結ぼうとする。その結んだ結果を受け入れたくないからか、それを懸命に妨害しようと抵抗するけれど。もう、私の心は真っ逆さまに底へと落ちて行く――。
もしかして、”元”ではない……?
真っ先に頭をよぎった自問にハッとする。
むしろ私の方が、ただの繋ぎだった?
彼女の元へ行くまでの、遊び……。あの女性は生田の恋人で、ニューヨークに住んでいて遠距離恋愛中で――。
”海外勤務、ずっと前から希望してたらしいよ”
昨日聞いた田崎さんの言葉が追い打ちをかけるように蘇る。彼女と離れて暮らしている間の、時間つぶしで私と……。それでも、彼女が本命だから、ニューヨークに赴任できるよう人事に希望は出していた。
だから、この間、お姉さんが結婚の話題を出した時、『放っておいてくれ』と怒ったのだ――。
どれだけ足掻いても、勝手にストーリーを組み立てていく。
ふっと身体から力が抜けて、その場にしゃがみ込む。
「違う、違うって……。生田は、そんな男じゃ……」
弱々しい声が哀しく漂う。
でも、どうして絶対に違うって言える――?
これまでの自分を振り返ってみれば、今ある自分の状況の方が異常だったのだ。物心ついた時からずっと、男の子から異性として見られたことなんてなかった。
いつもいつも他の女の子と差別されて来た。初めて付き合うことができたと思った相手でさえ、私のことを彼女だなんて思っていなかった。身体だけが目的だった。
それなのに、女性から人気のある何もかもを備えた男が、よりにもよって私みたいなのを相手にしたのはーー。前の男と同じ理由だって言う方が、理にかなっている。
”好きな時に抱ければいいだけの女”
”ああいうサバサバした女は、ちょっと女扱いしてやればイチコロだから”
流れ続ける涙が忌まわしい。そんなことを信じたくないってすがりついているみたいで。本当はそんなはずないって思いたい。思いたくて仕方がないのだ。二人で過ごした時間が、生田のくれた言葉が、全部嘘ででたらめだったなんて思えない。
あの眼差しは、私を包み込むように見つめてくれるあの目は、嘘なんかじゃない。信じたい。
でも、もし、私の想像があたっていたとしたら――?
「生田のことを好きになり過ぎて、全部を信じるなんてこと、前よりずっと怖い……」
たぶんきっと。もう立ち直れない。大学生の頃の恋愛とは違う。すべてを知ってしまった。本当に愛する気持ちと、愛される心地よさを。そのすべてが幻で、全部消えてなくなるなんて。私でいられなくなる。何一つ自分を支えるものがなくなってしまう。
それに。あの生田に、達也と同じようなことをされたら――。
私は、きっと、耐えられない。生田との甘くて幸せな時間も、苦しい想像も、すべて振り切りたくて、もつれる足のまま私は走り出した。