臆病者で何が悪い!
おそらく、その人は、生田の元恋人だ。誰からそう聞いたわけでもないけれど、あの写真からはそんな雰囲気が漂っていた。
生田に、会いに来たの――?
ドクドクと身体の内側から激しく打ち付けてくる。それは痛いくらいで。
まだ、生田とは繋がっているの――?
まだ、会ったりしているの……?
嫌な妄想が勝手に広がって行きそうになる。
――ここに元恋人が来た。
それだけじゃ何も分からない。何か大切な用事があるのかもしれない。今では良い友人関係を築いているのかもしれない。ありとあらゆる自分にとって都合のいい解釈を、次から次へと考える。でも、それは私にとってあまりに大変なことで。そんな思考方法、私は持ち合わせていない。急激に思考が逆行していく。
マンションの前で突っ立ったままの私に見られていて、その女性も落ち着かない様子で周囲をちらちらとみている。大人っぽい雰囲気で、着こなしも綺麗系というよりはシンプルなもの。黒いコートにジーンズ。それが余計に、私の胸を抉った。
あ……。
もう、居ても立ってもいられなくなったのか、その女性は一枚の紙のようなものを便受けに投入すると、手にしていたトランクを引きずってすぐさま立ち去って行った。私は、一連の光景を目にして、ただ呆然と立ち尽くしているだけ。
どうしよう。一生懸命に大丈夫だって言い聞かせてるのに、心が全然言うことを聞いてくれない。誰もいなくなったマンションのエントランスを見つめる。あの人、生田の部屋の郵便受けに何かを入れた。
一体、何を入れたの――?
頭の中をいろんなことがぐるぐると回り、心の中には激しい不安がとめどなく襲って来て。ダメだと思うのに。そんなことをするのは、最低だって思うのに――。
この瞬間まで全然動こうとしなかったくせに、勝手に足が前に出る。
ダメーー。もし、そんなことをしてしまったら、私はきっと、一生自分を許せない。これまで、どれだけいろんな人に踏みにじられて来ても、自分を許せなくなるような行為だけはせずに来た。人に後ろ指さされるようなこと、真っ直ぐに見られなくなるようなことはしていないと言える。それだけが、自分という人間を唯一認められる点だったのに――。
私は、生田の部屋の郵便受けの前に立っていた。
――留守の間、郵便受けを確認していいって、そう言ったのは生田本人だよ。
悪魔が取りついたかのような自分の声が耳の奥で響くのだ。
――だから、そこを開いても誰も責めないよ。
勝手にまぶたから涙が零れ落ちる。それでもこの手は、郵便受けのステンレスに手を掛けた。そして震えながらそ
の扉を上にあげる。
きっと私、これまでの自分じゃいられなくなる……。
そう思うのに。心臓は壊れてしまうんじゃないかというくらいに激しく乱れた鼓動をしているのに。涙はいやというほど溢れてくるのに。手にしてしまった。
卑劣なことを、しているーー。
一番上にあった、長方形の紙。震えているくせにしっかりと手にした一枚のはがき。宛名の裏には、見たことのある橋と自由の女神の写真。黒いサインペンで書かれた走り書きがある。それを目にした瞬間に、指からハガキが滑り落ちて行った。