臆病者で何が悪い!
何も聞きたくない。いや、聞けない――。
たとえこれが正解じゃなくても。正しい方法じゃないのだとしても。このまま終わらせてほしい。
あの唇から、残酷な事実が吐き出されるのを見たくない。あの、私を慈しむような優しい表情をする顔が、困ったような、そして他人のような顔をするのを見たくない。自然消滅でいい。どうせあと一か月で生田はここからいなくなる。
それでいい――。
私は結局、何も変われていなかったのだ。大学四年の晩夏。付き合っていた男が、私のことを遊びだと言い放っている電話を陰で聞いても、何も言えずに何もなかったようにしていた。自分から問い質すことも、別れを突きつけることも、すがりつくことも出来なかった。それで最後は、あっさりと捨てられたんだっけ。
だからせめて今度は、別れの言葉を告げられる前に逃げさせて――。
これ以上、傷付きたくない。もう、前を向けなくなる。
本当は怒りで一杯になるべきなんだろう。
騙されたって。遊ばれたって。そう言って生田に怒ればいい。頬に一発くれてやったっていい。
でも、私には出来なかった。私は、どうしても自分が愛されて当然の女だなんて思えない。こういう時怒っていいのは、きっと普通の女性だけだ。
だったら、ちゃんと生田の口からどういうことなのかと事実を聞けばいい――?
そんなこと、怖くてできない。それに、勝手にはがきを読んだなんて、死んでも知られたくない。
まだ昼間だというのに凍えるように寒い空の中を、私はすべてから逃げるように、ただ走り続けた。臆病な私は、結局、ただ逃げただけだ。
逃げ出したところで、行く当てなんかなくて。電車を乗り継いで、東京青梅の実家に戻っていた。
「それにしても、突然ね。長期休暇でもない時に帰ってくるなんて珍しくない?」
お母さんの驚いたような顔が煩わしい。
「ほんとだよ。なんかあった? あー、まさか、男がらみとか?」
もっと煩わしい人がいた。私とは性格も見た目も正反対な妹だ。
「って、お姉に限って、それはないか」
4つ年下の妹は、これからどこかへ出かけるところのようだった。ばっちりメイクに雑誌の読モのような出で立ちで、ブーツを履いている。それを履き終えると、私のことを顔が近付くくらいにして覗き込んで来た。
「……それでも、なんか今日、雰囲気違うね? 服装も化粧もちゃんとしてるし。そんなカッコで実家に帰って来るとか、ますます意味不明なんですケドー」
「人のことはいいから、さっさと出かけなさいよ。どっか行くんでしょ」
そんな妹の視線から逃れるように、そのまま階段を駆け上がり自分の部屋に閉じこもる。そして閉じたドアにもたれ、そのまま滑るようにして座り込んだ。
約束――。すっぽかした。
それでも、そのままにはしておけなくて、のろのろとバッグの中からスマホを取り出す。画面に表示されたデジタルの時刻は、15:45――。重い指先で、文字を入力していく。
(今日、急用で行けなくなりました。ごめん)
送信して、そのままスマホを放り投げた。
フローリングの床に鈍い音を立てて転がって行く。
そのまま、壊れてしまえばいいのに――。そう思った矢先に、床に投げ出されたスマホがぶるぶるとひとりでに震えだした。その振動音に、肩がびくつく。生田だろうか。咄嗟に耳を塞ぐ。無断じゃない。ちゃんと、断りをいれた。
だから、それで勘弁してよ――っ!
必死になって両耳を塞ぐ。そうやって、生田と過ごすことで少しずつ剥がしかけていた分厚い殻を、再び纏う。これまで以上に分厚い殻を。
全然女っぽくない私の手首を囲う華奢なブレスレットが、揺れる。
それが生田のいろんな顔を思い出させようとするから。
手首から抜き取った。