臆病者で何が悪い!

課室に戻っても、ただひたすらに仕事にだけ意識を向けた。一瞬たりとも緩むすきを与えないように。生田の方も私以上に忙しそうだった。出張明けの処理がある上に、一週間留守にしていた分の溜まった仕事がある。電話や打ち合わせ、会議にと、休む間もなく働いていた。生田が忙しいことは分かっている。それが、ほんのわずか私を安心させた。

自分のマンションに戻っても、生田が部屋に来ることはないだろう。そもそも、もう別れる相手にそこまですることもない。仕事に追われていた生田に気付かれないうちに、職場を出た。

庁舎を出た途端に、身体から力が抜けていく。今日一日、どれだけ緊張していたのか。部屋に帰っても、食欲もわかなくて、そのままベッドに横たわったままずっと天井を見つめていた。

「私、一体、何やってんだろ……」

ぽろっと零れた言葉は、そのまま私を沈み込ませていく。恋愛のまともな終わらせ方も知らずに、こんな年になってたなんて――。

「ほんと、笑える……」

瞼を閉じてその上に腕を載せる。目を閉じると、走馬灯のようにめまぐるしくいろんな映像が映し出された。きっかけは、二人でビアガーデンに行ったところからだっけ……。そんなこと思い出してどうするんだろう。あのまま、同期として付き合っていれば良かったのに。こんなに苦しまずにすんだのに。

『好きだ』

生田の声が、あの、熱のこもった眼差しが不意に浮かぶ。それだけで胸が締め付けられて、苦しい。
もう一度だけでも、ちゃんと生田と話すべきなんじゃ……。土曜日から何度もそう自分に問い掛けて来たけれど、すぐに思い起こすのだ。

はがきに書かれた文字を。
”岩谷沙奈絵”という名前を。
あの、素敵な女性を――。

真実に向き合う強さを持てない私は。きっとどこにも行けないのだ。

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