臆病者で何が悪い!

さすがに、身体にも支障を来しているようだ。土曜の夜から一度も熟睡できていない。朝目覚めると、酷く身体が重かった。額に手のひらをあてると、少し熱い気がした。でも、これくらいなら仕事を休むほどでもない。本当なら休んでしまいたかったけれど、冷気の漂う部屋に布団から出る。

やっぱり少し、頭も痛いかな――。

風邪だろう。敢えて体温は計らない。知らない方が、身体を騙せる気がするからだ。ぶるぶるっと震える身体を両腕で包む。寒い。そんなのあたりまえだ。そろそろ終わりを迎えるとは言え、気温的にはまだまだ冬だ。ベッド脇に転がっていたスマホは、そのまま鞄に突っ込む。いつも以上に体感として寒く感じるから、厚手のタートルネックのセーターを着た。温かいコーンスープだけを無理やり身体に流し込み、部屋を出る。

この日も、始業時刻ぎりぎりの9時に着くように出勤した。マフラーを口もとあたりまでぐるぐる巻きにして、そのマフラーで顔も全部隠してしまいたいくらいだ。課室に足を踏み入れる時は、やっぱり緊張する。顔を上げなくても、鋭い視線を感じる。だからなおさら顔は上げられない。俯いたままで自分の席へと急ぐ。

「内野――」

席に着いた途端に、背中に声を掛けられた。

「ごめん、急ぎじゃないなら後にしてください。これから電話しなきゃいけないところあるので」

決して振り返ることなんて出来ない。だから、言葉だけでそう返す。少しの間の後、声が耳に届いた。

「ーー分かった」

そしてその足音が遠ざかって行くのも。すぐに受話器を手にする。本当なら始業時刻から15分くらい経ってからの方が、相手方も電話に出るのに都合がいい。でも、どうしても電話をしなければならなかった。

「――はい。では、そういうことで。よろしくお願いします」

受話器を元に戻すと、それと同時に溜息をついてしまった。ずきずきと痛みが広がって行くような気がして、思わずこめかみに手を当てる。

――さすがに、これ以上は無理だな。そう思ったのは、夕方頃だった。

この先仕事を続けてもミスをして余計な仕事を増やしてしまいそうだ。

「――はい。では、明日中に回答をいただけますか。すみませんが、よろしくお願いします」

背後からは、生田がどこかと電話で話しているのが聞こえて来る。

「生田さん。どうでしたか?」

「ああ、なんとか明日中ということで約束を取り付けた。だから、今日中にこの大枠は詰めておいてください。僕は、これから関係課と調整してくるんで、よろしく」

「分かりました」

生田の係のやり取りを聞いて、今のうちに帰ろうと決めた。今なら、生田に気付かれずに帰ることができる――。って、ホント、借金取りから逃げ回る人みたいだ。

生田はこの激務の中、誰にもまだ海外赴任のことは言えないから、仕事とは関係ないところで赴任の準備もしなければいけないはずだ。余計な時間なんて一切ない。

「係長、すみません。今日は、お先に失礼します」

生田が課室を出て行ったのを見計らって、自分の係長に挨拶をして席を立った。

「ああ……。いいよ、お疲れ」

まだ18時。こんな時間に退庁するのはとても気が引ける。それでも迷惑をかけるよりはましだ。
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