臆病者で何が悪い!


とにかく沙都のことが心配だった。
これから行こうと思っていたレストランとは反対方向の、駅の方へと向かう。

とりあえず、一度自分の家に戻ろう――。

混乱しそうな頭を必死に落ち着け、これからどうすべきかを考えた。

沙都の身に、もし何かあったら……。

考えただけでおかしくなりそうになる。


自分のマンションに戻り部屋に入れば、そこは出てきた時と何ら変わらず整えられていた。
俺の留守中に沙都がここに来ていたはずだ。
ということは、きちんと片付けて出て来ることはできたということ。

ここを出てから何かあったということなんだろうか……。

ベッドに座り込む。

もう一度電話をしてみるも、今度は電源さえ入っていなかった。

俺は、何もできないのか――。

沙都が今、どこで何をしているのか全然分からない。声さえ聞くこともできない。
何もできないのに、この部屋でじっとしていることもできない。

いつの間にか部屋の中は真っ暗になっていた。
だんだん日も長くなって来たとは言え、6時を過ぎればもう夜だ。

電話が繋がらないのなら――。
何もしていないよりはましだ。沙都のマンションに行ってみることにした。

駆け付けてみても、やはり応答はなく部屋も真っ暗だった。

沙都――。

そんなわけもないのに、このままずっと沙都に会うことはできないんじゃないかなんてことを考えてしまう。

沙都、一体、今、どこにいる――?

月さえ見えない真っ暗な重苦しい空を見上げる。何もできない無力な自分を思い知らされた。
この日身に着けていた、沙都からもらったネクタイピンだけが、沙都との確かなつながりを教えてくれる。

大丈夫だよな。少なくとも、約束のことわりのメールを送ることはできたんだ。
ちゃんと、どこかにいるはずだ。
そして、明日になればきっと連絡をくれるはず――。

俺は、そう必死に自分に言い聞かせた。

でも――。夜が明けても、日が昇っても、昼になっても、沙都からの連絡はなく、そして電話は繋がらないままだった。

沙都のスマホは、ずっと電源が切れている状態だった。

それが意味していることはなんなのか。

沙都と付き合うようになって、こんなことは初めてで。
どんなに自分を落ち着けようと思っても、無理な話だった。

あいつの実家――。

そう思い立ってみても、連絡先はもちろんのこと家の住所だって知らない。

沙都と親しいのは……飯塚か。

なんとなく飯塚に沙都のことを尋ねるのには気が引けるけれど、そんなことも言っていられない。

藁をもすがるつもりで飯塚の電話番号を表示させた。
もちろん、これまで一度も使ったことはない。

数回のコールの後、電話が繋がった。

(もしもし、生田君? 珍しいね。どうしたの?)

スマホの向こうに、思いのほか普通の様子の飯塚の声がした。

「休みのところ、突然悪い。沙都から何か聞いてるか? 何かあったとか……」

なんと聞いたら良いのかよくわからず、でもこっちだって何がなんだか分からないのだから仕方がない。

(私は、何も聞いてないけど、沙都、何かあったの? 連絡とれない、とか?)

「あ、ああ。でも、知らないならいい。じゃあ」

(ちょっと待って、私からも電話してみようか?)

引き留めるような声がしてもう一度スマホに耳をあてる。

「いや、電源切れてるみたいだから、多分意味がないと思う。じゃあ、悪かったな」

ーー飯塚にも何も言っていない。

姉貴には……?

あの、二人の意気投合ぶりを思い出した。
飯塚が何も知らないなら、俺の姉貴だって知るわけがない。
でも、すがれるものには何にでもすがりたい一心だった。

恥を忍んで姉貴に電話するも、やはり何も手掛かりはなかった。

(沙都さんから何か連絡が来たらあんたにもすぐに伝えるけど、とりあえず明日は月曜日なんだし、明日まで待ちなさい。出勤して来るかもしれないでしょ。来なかったときにまた考えればいい)

クソ姉貴でも姉は姉なんだろう。
取り乱している俺に気付いたのか、それとは対照的に姉貴は驚くでもなく落ち着いた声でそう言った。その姉貴の声を聞いて、自分も少しだけ冷静になることが出来た。

それでも、
やみくもにただもがいているだけのようでもどかしくて、その日の夜がおそろしいほどに長く感じた。

< 320 / 412 >

この作品をシェア

pagetop