臆病者で何が悪い!
ほとんど寝ることもできずに、いつもより早く家を出た。
早く沙都の顔を見たい。
結局夜も沙都からの連絡はなかった。
もし、出勤してこなかったとしても、職場には休むなら休む理由を連絡してくるはずだ。
案の定、一番に出勤して来たのは俺だった。
誰もいない課室で、力なく自分の椅子に身体を投げ出すように座る。
時間と共に、少しずつ出勤してくる職員が増えて行く。
それでも、その中に沙都の姿はない。
俺もそうだが、沙都もどちらかというと早く来ることが多かった。
それなのに、あと5分で始業時間だというのにまだ姿を現さない。
そのくせ、休む連絡も入っていない。
沙都――。
この二日、心配したその姿が視界に入る。
俯き加減で顔を上げることなく、自分の席に着いた。
でも確かにそれは沙都だった。
ここがどこかを忘れて、俺は沙都を連れ出したくなる衝動に駆られる。
崩れ落ちそうになるほどの安心と、その次に襲って来たのは疑問だった。
どうして、何の連絡もくれなかった――?
「生田さん、ちょっといい?」
取り乱してしまいそうな俺に、課長の声が飛んで来た。
すぐそこに沙都はいるのに、俺は何もできない。仕事が終わるまで、手出しすることができない。
「――はい」
仕方なく、課長席へと向かう。
でもーー。仕事が終わるまで待つなんてこと、出来るはずもなかった。
課長の用件が済んだと同時に、廊下で沙都を待ち伏せた。
女子トイレから出て来た沙都は、酷く青白い顔をしていた。
こちらへと近付いて来る。いつも俺の近くにいたはずの沙都は、不意に全然知らない人に見えて。俺の存在にも気付かずにそのまま通り過ぎて行こうとした沙都を、慌てて呼び止めた。
「な、なに……?」
怯えたような目が俺に向けられる。
どうしてそんな目で俺を見る――?
そうかと思ったら、思いっきり俺から視線を逸らし、俯いてしまう。
沙都の俺への態度すべてが、理解できない。
この二日、沙都のことばかり考えていた。
会わない間に、一体何が起きた――?
「『なに』じゃねーだろ? おまえ、この二日一体何をしてたんだ?」
聞きたいことは山ほどある。
「今、仕事中だから、部屋に戻る――」
「待てよ!」
やっと、こうして向き合えたのに。あろうことか、俺から逃げようとした。その腕を咄嗟に掴む。
やっぱり、いつもと様子が全く違う。
「何度電話しても繋がらない。マンションにもいない。何かあったのか?」
俺の方を見てほしい。何かあったのなら、真っ先に俺に話してほしい。
その姿をこの目で見ることが出来て安心したはずなのに、消えるどころか不安は大きくなっていく。
何かあるなら、俺に頼れよ。どうして、俺を避けるんだ――?
「ちょ、ちょっとね。実家の方で用事が出来て、週末そっちに帰ってたから。ただ、それだけだよ。もう、離してっ」
その目は決して俺の方を見ることはなく、何度となく瞼を瞬かせて。沙都を掴んだ俺の手を、振り払おうとした。そんな沙都の仕草すべてに、俺は混乱する。
「それなら、なんで俺の顔を見ない? おまえ、なんかおかしいだろ」
「やめて、場所を考えて――」
そんなことを言うのなら、俺の顔を見ろよ。
どうして――。
何もかもが腑に落ちなくて、何が起きているのか少しも分からない。
そんな、混乱したままの俺に、どこからか靴音が聞こえる。
その音に一瞬気を取られた隙に、沙都は俺の元から走り去って行った。