臆病者で何が悪い!
「俺、後悔したんだ。あんたをあの日、行かせたこと」
「あの日って……?」
生田の声の振動が私の耳を掠めて。背中に感じる生田の規則正しい心臓の鼓動が、私を落ち着かせてくれる。
「田崎さんと約束していた日だ」
それも、知ってたの――?
生田の表情を確認したくても、生田の顔は見えない。
「どうしてそんなことまで知ってるの?」
「あの日、俺が資料室から出てきたところで、帰って行く田崎さんに会った。それで、これから内野と夕食に行くって言っていたんだ」
それで……。私はあんなにも人目を気にしたけれど、田崎さんにとっては何でもないことだった。田崎さんは普通に言えたってことだ。
「おそらく、内野が傷付くようなことになるんじゃないかって思った。そう予想できたのに、止められなかった」
生田は、私が浮かれている間にも、そんなにもいろんなことを考えていた。
「あんなに着飾って、嬉しそうな顔していたあんたの顔見たら、何も言えなくなったんだ」
私を抱きしめる腕がぎゅっとなる。
「ねえ、どうして私が田崎さんを好きだって、思ったの……?」
そもそも、それが私には不思議だった。自分ですらはっきり認めようとはして来なかった。それなのに、どうして生田は気付いたのだろう。
「俺が異動して来た四月、すぐに分かった」
「な、なんで?」
それって、次第に、とかじゃなくて見てすぐってレベルだよね?そんなに分かり易い態度を取っていたということ?
「自分では気づいてるのかどうか知らないけど、あんた、田崎さんといる時だけ全然違う顔するんだ。いつもはバカ騒ぎして、わざとがさつな振る舞いしてるけど」
「そんなこと……」
「田崎さんの前では、ちゃんと女になってる」
私は……。無意識のうちに、田崎さんにはちゃんと女として見られたいと思っていたんだ。男の人から女として見られていないことを、とっくに諦めていたはずなのに。
「それに、夜、田崎さんと二人でサンドイッチ食べてる時の顔なんて、幸せそのものって顔だった」
「やっぱり、生田、戻って来てたの? どうして入って来なかったの」
「……入れなかった。あんたに恨まれそうで」
肩にかかる生田の重み。ふふっと笑うのが分かった。
「恨むって――」
「恨んだだろ?」
「そ、それは……」
確かに、がっかりしてしまったかもしれない。あの二人きりの時間は、私にとって宝物のような時間だった。