臆病者で何が悪い!
私が泣き止んだ後は、キスしたことや抱きしめられていたことがまるで幻だったかのように、ただ話をしてビールを飲んだ。
それは、田崎さんのことでもなく希のことでもない。
仕事の話や、同じ課の同僚の話、それから同期の話。日常の些細な出来事。
どうでもいような他愛もない話をした。それがなんとも不思議ではあったけれど、生田と過ごした時間はあっという間に過ぎて行き、結局二人で夜を明かしていた。
始発電車を待って、生田の家を出た。男の人の家で夜を明かすなんて、初めてのことだ。大学四年の時に付き合っていた(つもりになっていた)元カレの家でだって泊まったことはない。私が、その時は実家暮らしだったこともあるけれど、そもそも彼が泊めてはくれなかった。やることを済ませると、いつも早く帰らせたがっていたのを思い出す。
まだ薄暗い空の下、活動を始める前の静かな路地を生田と二人並んで歩く。
生田が最寄りの駅まで送ってくれている。そう言えば、スマホを全然チェックしていなかった。肩にかけている鞄からごそごそとスマホを取り出す。
あ――。
「希から、たくさん着信が来てる……」
そして一通のメールも表示されていた。
(ちゃんと話をしていなくてごめん。沙都はきっと怒ってるよね。それでも、今度ちゃんと話がしたい)
「内野……?」
心配そうに私の顔を生田が覗き込んで来た。
「うん。大丈夫。希の話をちゃんと聞いて来る。これまで通り、仲の良い同期でいられるよ」
私が笑ってそう言うと、生田は何も言わずに前を向いた。でも、その表情が安心してくれてるんだって分かる。ここ数週間で、私が知らないでいた生田の姿をだいぶ見た気がする。
「それにしても――」
隣を歩く生田を改めて見つめる。
「生田って、意外と面倒見いいよね? 私のこと『誰かれ構わず手助けするボランティア団体だ』とか言っていたけど、それを言うなら生田でしょ? 失恋しそうな同期を気遣い、失恋した後はこうしてただ話を聞いて傍にいて慰めてくれるなんて――」
こんなに優しい人だったなんて知らなかった。あの、ビアガーデンに行った時から少しずつ知りつつはあった。でも、こんなにもストレートに優しさをくれる人だなんて思いもしなかった。
「キス」
「えっ?」
並んで歩いていたはずの生田が、私の腕を強く掴み上げた。その視線が鋭く私を射抜く。それは怖いほどに鋭いのに、どこか歪んでいるようにも見えた。
「キスしたのも、抱きしめたのも、あんたを慰めるための奉仕だって言うわけ?」
「い、生田っ、腕、痛い……」
さっきまでの優しげな表情は完全に消え去っていた。
「俺はあんたとは違うよ。あんたが思っているように、大して人に興味はないし、必要以上に労力を使おうとも思わない。誰かれ構わず助けてやろうなんて思う親切な人間でもなければ、何とも思っちゃいない女にキスするほど女に飢えてもないんだよ」
「怒らせたなら、ごめん。だから――」
怖くて胸が苦しい。生田をこんなにも怒らせてしまったことが怖い。生田が私から顔を逸らし、掴んでいた腕を振り払った。
「言っておくけど。俺は飯塚のことなんて何の興味も関心もない」
私に背を向けた生田をただ見つめた。
「――俺は。あんたがまた、一人で泣くんだろうと思った。一人で泣かせたくないって思った」
生田……。
「その意味、分かる?」
そう言ってもう一度私を見た生田の目が、私の胸を締め付ける。締め付けられて、何も言葉を返せなかった。
生田は、そんな私を見て視線を逸らし、また前を向いた。