臆病者で何が悪い!
希と別れた後、無意識のうちに大きく溜息を吐いた。
私と友人をやってきた中で、私の初めての色恋沙汰ということで希が興奮していた。
別に、色恋沙汰でもないんだけど。私にとっては、そんな甘酸っぱくもドキドキもする話じゃない。
ただの、混乱だ。
自分の課に戻り部屋に足を踏み入れると、すぐに生田の背中が視界に入った。
身体ってどうしてこんなにも正直なのでしょう。考える前に勝手に心臓が激しく動き出す。気付かれないように、そっと、少し遠ざかりながら自分の席に着いた。真後ろにいるというのに、この行動に何の意味があるのか。でも、そんな合理性なんて考える余裕はない。
またも、無意識のうちに息を吐いていたらしい。
「どうしたの?」
「いや、なんでもありません」
その声で、思い出した。すっかり忘れていた。隣に座っている人のことを。
「そう? ならいいけど。なんだか、今日は疲れているように見えるよ?」
田崎さんの爽やかスマイルが私を見る。
「そんなことはありません。それより今、希とランチしてきました」
この場でそれ以上踏み込んだことは言えない。でも、きっとそれで察してくれるだろう。
「そうか。うん。おかげさまで、そういういことになりました」
田崎さんが私に、少しはにかんだ笑みを見せる。はにかんでいるだけなんだけれど、幸せがダダ漏れだ。
ここにもいたよ。恋してキラキラしちゃってる人が……。
「それは何よりでした」
悔しいから、こちらも思いっきりのスマイルを見せた。そんな、ちっさい自分に呆れる。でも、幸せな二人は、私にとって手の届かない綺麗な宝石みたいで、そのまま永遠に綺麗に輝いていてくれとも思うのだ。
午後も仕事はてんこ盛りだ。すっかり秋になって完全に夏休み気分はなくなり、職場はフル回転。一端仕事に取り掛かれば、余計なことを考える暇もない。
「会計課からあれの資料持って来いって言われてるんだ。いくつか準備しておいて」
「はい、分かりました」
係長の『あれ』とか『それ』にはもう慣れっこだ。
最初はどれのことを言っているのか分からなくて困ったけれど、もう雰囲気で前後関係で察することが出来る。
「いくつか使えそうな資料見つけましたので、私、会計課に持って行きます」
「よろしく頼むよ」
手に何種類もの資料を持ち部屋を出て行こうとした時だ。どこかから部屋に戻って来たのか、生田と鉢合わせた。
気まずい……。
あの早朝から初めてだ。こうして真正面から相対するの。
焦った私は、何を思ったのか、素早く目を逸らし生田の横をすり抜けてしまった。
私、今のはちょっとまずいんじゃない?
焦ると人は判断を誤る。明らかにさっきのは感じが悪い。でも、もうここまで来てしまった。覆水盆に返らず。
もう、いろいろ私には無理!
そうやって自分に言い訳をして、逃げるように会計課へと向かった。