Honey ―イジワル男子の甘い求愛―


「ここ、切れてる」
「え……ああ、そういえば切ったかも」

思い出されるのは最後のお客様。
通帳を奪われるようにとられたとき、指先に切ったような痛みが走ったっけ。

見れば、一センチほどの浅いキズができていて、血が滲んでいた。

「しょうがないから俺が手当てしてやるか。給湯室に救急箱あったろ」

私の手を掴んで歩き出した宮地が、書類を持ったままの手でパチンと金庫の電気を消す。
そして、フロアをそのまま歩くから「ちょっと」と慌てて止めた。

「大丈夫だって。自分でできるし」
「唐沢はそんなこと言いながら自分じゃやんないじゃん。自分のことになると結構ズボラだって俺にはバレてるからな」

「だって自分のことになると面倒くささが倍増するし……」

もごもごと言い訳をすると、宮地はフロアを歩きながら「まったく」と笑う。

すれ違う行員が「お。手なんか繋いでデートか」なんてからかってくるから、手を離そうとするのに。

「そうなんですよ。いいでしょ」

宮地はなんでもないみたいに笑っていて……本当に女として意識されていないんだと胸がじくりとする。
切った指先よりも、胸のほうが痛かった。

宮地は外見も整っているけれど、性格だって友達としては決して悪くない。面倒見だっていいし、会話だって上手だし雰囲気作りだってうまい。

いいヤツだと思う。〝友達〟としてなら。

そして、宮地が私にこんな風に構ってくれるのは〝友達〟としてであって……そんな宮地を見ていて惹かれてしまった私はアホなんだろう。

最初から、宮地がくれる感情は〝友情〟でしかないっていうのに。



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