Honey ―イジワル男子の甘い求愛―
二次会の誘いを断り、会費を置いてひとり先にお店を出る。
いくらもうすぐ夏とはいえ、二十時半の空はもうすっかり暗かった。
オフィスと飲食店が集まっている通りだから、地上数メートルだけは照明のおかげで明るく、まばゆいほどだ。
もしかしたら昼間よりも明るいかもしれない。
星が見えない夜空を見上げて、そういえば明日から天気が崩れるって予報だったっけ……と思いながら歩き出そうとした時、うしろから「おい」と声をかけられた。
まだまだ人通りの多い中、私に話しかけているんだろうか……と半信半疑で振り向いて驚く。
「あれ。涼太。今帰り?」
いつの間にかうしろに立っていたのは、向井涼太。
友達の弟で、そして今年度から私と同じ会社に就職してきた二歳年下の男だ。
同じ会社っていっても、支店はひとつ隣になるから職場自体は違うのだけど、帰りに一緒になることはたまにある。
〝二歳年下〟って言うたびに、〝おまえとは一歳半しか変わらねーだろ〟とキレられるのは涼太が中学生の頃からの話だ。
友達の菜穂の弟として出逢ったのが、私が高一、涼太が中二のときだった。
そんな思春期真っ只中に出逢ってしまったのがいけなかったのか、涼太の私への態度は未だ反抗期そのものだ。
もしかしたら、ただそういう性格なのかもしれないけれど。
菜穂と涼太のお父さんは大きな不動産屋を経営しているから、てっきりそこを継ぐのかと思っていただけに、私と同じ会社に就職が決まったと聞いたときには驚いた。
『別に継ぐのは構わないけど、コネみたいな形で入るのが嫌だっただけだ。それに、銀行で覚えたことは不動産屋経営するのに役に立たないってこともないだろうし』
そんな理由らしい。面倒くさそうな顔で説明してくれたのは今でも覚えている。
『今帰り?』という私の問いかけに、「見ればわかるだろ。今から帰るとこ」と挑発的に答えた涼太に、驚く。
「え。新入社員なのにこんな時間まで残ってたの?」
週末ではあるけど、五十日でもないし月末でもないのに……涼太の支店は忙しかったんだろうか。
考えていると、涼太は「仕事なら十八時には終わった」と言う。
不機嫌そうな顔と声だけど、涼太はいつもこうだから気にしない。