偽装新婚~イジワル御曹司の偏愛からは逃げられない~
私は涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、光一さんに抱きついた。
彼はそれを優しく受け止めてくれた。

「それは、こっちの台詞。……華が無事でよかった」
光一さんはほっと息をつくと、胸の中にいる私の頬に唇を寄せた。
触れた唇から、じんわりと彼の温もりが伝わってくる。
(あったかい。光一さん、ちゃんと生きてる)
私は心の底から安堵した。


光一さんの説明によると、このひと月ほど、新庄は私にストーカー行為を繰り返していたようだ。あの張り紙の犯人も、新庄だったと本人が認めた。

理由がまったくわからないけど、受付で何故か私を見初めたらしい。他の子と比べれば愛想よく対応していた私と、次第に両想いだと思いこむようになったらしい。

「愛想よかったかな?どのお客様にも普通に対応してたつもりなんだけど……」
誤解させるような言動があっただろうか。思い返してみるけれど、心当たりはない。そもそもあのセクハラ事件のときまで、私は新庄を認識していなかった。
「華に落ち度はないよ。ああいうのは心の病気みたいなもんだろ。不運な事故にあったと思って、早く忘れちまえ」
「うん。そうだよね……」
「俺ともめたあの時には、すでに人間関係のトラブルで会社も退職済みだったらしい。その頃から精神的に病んでたみたいだな。華にいっそう執着するようになって、あとをつけたりして、ここで俺と暮らしてるのを知ったようだ」
「あぁ、そういえば同棲をやめろとかなんとか言ってた」
「華は結婚後も旧姓のまま仕事してたから、結婚したとは思わなかったみたいだな」

めちゃくちゃ怖い思いをさせられて、光一さんに怪我をさせて……絶対に許せないし、同情する気もおきないけれど、あの人も心を病むような辛いことがあったのか。そう思うと、憎しみよりも、ただただ悲しい気持ちになる。

「……本当にごめんなさい。光一さんじゃなくて、私のほうのトラブルだったのに巻き込んで、ケガさせちゃって」
おまけに私は光一さんの愛人が犯人だと決めつけていた。そのせいで色々な対応が遅れてしまったのだ。光一さんの怪我の責任の一端は私にある。
私はしゅんと肩をすくめた。
「さっきも言った通り、華はなにも悪くない。一方的なストーカーなんて、自衛のしようもない。それに……」
光一さんが私のおでこに、こつんと額をくっつけた。
「華が無事なら、腕の一本や二本、くれてやってもいい」

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