イジワル部長と仮りそめ恋人契約
1.嘘つきは恋人の始まり


時間がなかった。

これが最後のチャンスだと思った。

だから私は、その背中に賭けたのだ。



「あっ、あの、すみません……!」



香ばしいコーヒーの香りがただよう、立ち飲み専門コーヒースタンドの片隅。

背後から思いきって声をかけると、窓際にあるテーブルの一角を利用していたスーツ姿のその男性はこちらを振り返った。

間近で見ると、整った顔立ちがよくわかる。涼しげな奥二重の瞳はすっと筆を引いて描いたように流麗で、フェイスラインはすっきりシャープ。清潔感のある黒い短髪が、さわやかな印象を醸し出している。

その人物は私を見て一瞬怪訝そうに眉をひそめたものの、すぐにその口元に無難な笑みを形作った。



「えっと、俺? でいいのかな?」

「は、はい。あなたに声をかけました」



男性の質問に、こくこくとうなずく。

なんか、声まで綺麗でかっこいいなこの人。これはちょっと、想像以上に完璧なイケメンだ。

目の前の人物が、思いのほかハイスペックだったことに怖気付いて固まってしまう。そんな私を、彼は困ったような微笑みで見つめた。



「あの。何かご用でしょうか?」



問われてハッとする。そうだ、ぐずぐずしている時間はない。

私は両手のこぶしをきつく握りしめ、勢いよくそれはもう見事なまでの最敬礼をキメた。



「いきなりすみません! 少しの時間で構わないので、私の恋人になってください!!」

「は?」



頭を下げたまま繰り出した要求に間髪入れず返ってきたのは、困惑と不信感がぎゅっと凝縮されたたったの1音。

うん、当然だ。これはあたりまえの反応だ。

お辞儀したときと同じく、ガバッと勢いよく再び顔を上げた。

目の前の男性は、完全に不意を突かれた表情でまじまじと私を見ている。
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