イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「私、この近くにある会社でOLをしている一之瀬(いちのせ)といいます。ちょっとのっぴきならない事情がありまして、この後私の兄の前で恋人のフリをしてくださる男性を探していまして」

「はあ……」

「それであの、兄が来るまでもう時間もあまりなく、見ず知らずとはいえこうしてあなたに声をかけさせてもらった次第なのですが」



とりあえず、話しかけた理由を簡単に説明した。

最初にかろうじて見せてくれていた愛想笑いは今や消え失せ、男性は完全にドン引きした顔をしている。



「えーっと……それ、俺じゃなきゃだめなわけ?」

「ほんとにもう、兄との約束まで時間がないんです。10分……いや、5分だけで構いませんので……っ!」



断わられてしまいそうな雰囲気をビシビシ感じ、慌てて言い募った。

今は平日の18時半をもうすぐ回る頃とはいえ、私が声をかけるまで男性はテーブルの上のタブレットを難しい顔で操作していた。

もしかしたら、まだ仕事中なのかもしれない。それでもここで、引き下がるわけにはいかなかった。



「何らかの形で、お礼は必ずします。適当に、私の話に合わせてくださればそれで大丈夫です。だから……っ」



そこで私は、戸惑いまくりな男性の背後にあるガラス窓の向こうの景色に気がつく。

まさに今、道路を挟んだ向こう側で横断歩道の信号待ちをしている人物は……。



「お、お兄ちゃん……」

「え?」



私のつぶやきを聞いて、男性も窓側へ目を向ける。



「どの人?」

「あ、あの、横断歩道の信号機の横で、腕時計を見てるスーツの人です」

「……あー……」



彼も確認したらしい。窓の外を向いたまま、渋い顔をする。



「どっ、どうしよう」



マズい。このままだと、あと数分足らずでここにたどり着くだろう。

本気で青ざめる私を、男性が見上げていた。そして不意に、深いため息を吐く。
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