イジワル部長と仮りそめ恋人契約
間抜け面を晒しているであろう私を一瞥し、チッと彼が舌打ちする。

そして次の瞬間私の左手を掴んだかと思えば、そのまま歩き出した。



「あ、あのっ、悠悟さん……っ」

「なんだよ」



ぐいぐい手を引かれて足がもつれそうになりながら、前を歩く悠悟さんになんとか話しかける。



「ごめんなさい、えっと、私……」



そこまで言うと、彼がぴたりと足を止めた。

思いっきり眉を寄せた不機嫌顔で、私を振り返る。



「『ごめんなさい』って? とりあえずその、謝罪の理由を述べろ」

「へ? え、あの、悠悟さんが怒っているように見えたので」

「じゃあ、どうして俺が怒ってると思う?」



表情を変えず淡々と言葉を重ねてくるから、なんだか尋問されているような気分だ。

繋がったままの手を気にしながら、私はさらに答えた。



「え、えと、私がはぐれたせいで手間をかけさせちゃって、それで」

「……はー」



え、なぜそこで深いため息。

わけがわからなくて、その感情のまま軽く首をかしげながら悠悟さんを見上げる。

眉間のシワはなくなったけれど今度は呆れ顔をした彼が、私と繋がっていない方の手を首の後ろに回した。



「まあ、それもある。けどな、ああいうときは変に曖昧な言葉を使わないで、『彼氏と一緒だから』って言えばいいんだよ」

「え……」

「素直すぎなのも考えものだな。……いや、単にあんたが下手に無防備なだけか」



ボソリとつぶやいた後半のセリフは、それでもしっかり私の耳に届いた。

無意識に、悠悟さんと繋いだ左手に力がこもる。



「……悠悟さん。私、『あんた』じゃなくて、ちゃんと名前で呼んで欲しいです」

「え?」

「『志桜』って……さっき、みたいに」



じっとその綺麗な瞳を覗き込みながら、私は言った。

一瞬驚いた表情をした彼は、それでもちょっとバツが悪そうな顔になってうなずく。
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