イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「えーっと、というわけで! 悠悟さんは全然、あやしい人じゃないし。私この後用事あるから、もう切るね!」

《用事? こんな時間からか?》

「『こんな時間』って、まだ18時前でしょ? 私だって、もう子どもじゃないんだからね」



明らかに声のトーンが低くなった相手に、半ば呆れつつ答える。

ほんともう、お互いいい歳なのに過保護なんだから。

不機嫌な声音で、お兄ちゃんはさらに続ける。



《まさか用事って……空木くんと会うのか?》

「えっ」



その質問にドキリとして、一瞬言葉に詰まってしまった。

一度スマホを遠ざけてから咳払いし、再び耳にあてる。



「そ、そうだよ。これから悠悟さんとデートなの。というわけで、またね!」

《あ、こら志桜、》



まだ何か言いたげなお兄ちゃんに構わず、通話を切ってしまう。

ため息を吐いてから、たった今自分で言った『デート』という単語にこっそり照れた。

……嘘じゃないもんね。デート、だもんね。

頭の中で反芻しながら、今の自分の服装を見下ろしてみる。



『次のデートは、前よりも少しフォーマルな格好してきて』



先日悠悟さんから届いたメッセージ通り、今回は1週間前の水族館デートよりも上品な装いだ。

髪の毛はコテで少し強めに巻いてからまとめ、バニラベージュのワンピースを着てみた。ピアスとネックレスは、小粒の石を使った控えめなもの。

これにパンプスとグレージュのバッグを合わせれば、大丈夫……だよね?
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