イジワル部長と仮りそめ恋人契約
例によって、どこへ行くのかは着いてからのお楽しみらしく。

けれど今回は待ち合わせが夜で、服装も前よりよそ行きで……なんだか、ドキドキして落ちつかない。

しかも今日は、私の家まで悠悟さんが車で迎えに来てくれるらしい。初めて彼の車に乗るっていうのも、ドキドキの原因かも。


こないだ行った水族館、楽しかったなあ。

水槽の中で泳ぐかわいい魚を眺めたり、イルカのショーを観たり……。

まあ水族館を出た後は、近くにあったカフェでお茶してからさっさと解散になったわけですが。「今日が最初の“恋人慣れ”デートだし、というか俺この後用事あるからじゃあな」なんて、あっさり姿を消した悠悟さんにちょっぴり拗ねてしまったのは内緒だ。


ソワソワとドレッサーの鏡で前髪を直していたら、ピロンとスマホが音をたてた。

悠悟さんからのメッセージだ。【マンションの前に着いた】という文章を確認し、慌ててバッグをひっ掴む。

私が住む部屋は2階だから、使うのはエレベーターじゃなくていつも階段。これは、日頃の運動不足を少しでも解消しようっていう狙いもある。

けどなんだか今日は、その少しの距離すらもどかしい。足早に階段を下りてエントランスから外に出ると、すぐそばに黒いセダンがハザードを点けて停車していた。

まだ日が沈む前の明るい夕方、助手席側のドアに寄りかかるようにしてタバコの煙を吐き出すすらりとしたその立ち姿は、まるで雑誌のモデルさんみたいにかっこいい。

ついぼうっと見惚れていたら、私に気づいた彼がくわえていたタバコを口もとから離す。



「──志桜」



その瞳が私を捉えてくちびるが名前を紡いだ瞬間、身体中に電撃が走ったかと思った。

胸の高鳴りを抑えるように片手をあて、彼へと近づく。



「……悠悟さん、こんばんは。お待たせしました」

「ん、こんばんは」



携帯灰皿でタバコを消しながら、彼が言葉を返す。

悠悟さんは、ネクタイまではしていないとはいえネイビーのジャケットにパステルブルーのシャツ、それに白いパンツと革靴といった格好だ。ドレスコードのスマートカジュアルって、こんな感じだよね。

目の前まで来た私を見て、なぜか彼が意地悪く口角を上げる。あ、なんかこれデジャブ。
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