イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「わあ……」



きらびやかなロビーを通り抜けレストラン内に足を踏み入れた瞬間、思わず感嘆のため息が漏れる。目の前に広がるその場所には、エレガントで非日常な空間が広がっていた。

シャンデリアとキャンドルのあたたかな灯りが照らす店内は、高級感のあるヨーロピアンな調度品で揃えられている。ここで食事をしている誰もが、料理だけでなく空間そのものを楽しんでいるのがわかった。



「車だからなー。飲み物はペリエにするか」

「あ、じゃあ私も」

「別に、俺のことは気にせずアルコール頼んでもいいけど?」



案内された席でメニューを広げた悠悟さんが、きょとんとした表情をテーブルの向こう側から見せてくる。



「私、お酒そんなに強くないので。飲むのは好きですけどね」

「へぇ。持ち帰られやすいタイプだ」



苦笑しつつ答えれば、悠悟さんは再びメニューに視線を戻してさらりとそんなことを返す。

真顔で言うものだから、一瞬意味がよくわからなかった。けれどもすぐに理解して、つい恨めしげな視線を向ける。



「も、持ち帰られたことなんて、ないですから」

「まあ、そうだろうな。それはわかる」

「なんですかもう……!」



私はぷりぷり怒っているというのに、悠悟さんは余裕の微笑。

まあ、悠悟さんくらい顔面偏差値が高くてエリートでおまけに外面がいい人だと、たいそうおモテになるんでしょうけど!

きっとこれまで、数々の女性を泣かせてきたに違いない。うん、きっとそうだ。

ブツブツひとりごとのようにつぶやけば、メニューから顔を上げることもせず心外とばかりに答える。



「おいおい、ナメんなよ。面倒なことにならないように、うまく遊んできたに決まってるだろ」

「うわあ……もっと最低ですね……」

「その最低男が、今はあんたの彼氏だけどな」



あっさり言って、悠悟さんがメニュー表を閉じた。どうやら注文するものを決めたらしい。



「俺、Wメインのフルコース。志桜は?」

「あ、私もそれで」

「よし。決まりだな」



悠悟さんがウェイターにオーダーを伝えている間、なんとなしにその姿を眺める。

服装に合わせてか、今夜の悠悟さんは軽く前髪を上げてセットしていた。初めて見たけど、そんな髪型も似合っていてとても魅力的だ。

……『彼氏』、だって。

先ほど彼が何気なく使った言葉に、つい口もとがにやけそうになってしまうのをなんとか堪える。

今までずっと縁がなかったその単語。期間限定とはいえ、こうして改めて口にしてもらえるとやっぱり少しくすぐったい。

でも、そのくすぐったさが今はうれしいんだ。
< 36 / 85 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop