イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「うん。……そうか」



頭を撫でられたことには、不可抗力でときめいてしまったけれど。いつまでも、玄関前で立ち止まっているわけにもいかない。

私はひとつ深呼吸をしてから、久しぶりに母屋の大きな玄関の戸を開いた。



「おー、ほんとに来たか」



玄関で悠悟さんとふたり靴を脱いでいると、居間の方から現れたお兄ちゃんが私たちを見て感心したようにそう言った。

なんかこの言い方、失礼じゃない? 私はムッとくちびるを尖らせた。



「来たよ。おじいちゃんは?」

「自分の部屋で機嫌わっるそーにおまえらのこと待ってる。松彦(まつひこ)がビビってたな」

「ああ……」



お兄ちゃんの言う松彦とは家元である伯父の息子で、今は大学1年生。

少々気が弱いところが玉にキズだけど、生け花の才能に恵まれた彼はすでに次期家元と言われている。


おじいちゃんの不機嫌オーラにあてられて萎縮する彼の姿を思い遠い目をした私の横から、悠悟さんがすっと前に1歩を踏み出した。



「お久しぶりです、千楓さん。これお口に合うといいんですけど、みなさんでどうぞ」

「ああ、わざわざどうも」



それまでずっと持っていた有名な和菓子屋の店名が入った紙袋を、悠悟さんがお兄ちゃんに手渡す。

あのお店のお菓子、おじいちゃん好きなんだよねぇ。事前にわざわざ私にリサーチしてきたあたり、抜かりないです悠悟さん。
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