イジワル部長と仮りそめ恋人契約
「嫌いになんて、ならないです。忘れることもできません」



悠悟さんは、どうしてかそれを望むのかもしれないけれど。

だけど、私には無理なんだ。



「1ヶ月間だけの偽の恋人だったけど、それでも私の全部をかけていいくらい、あなたにほんとの恋をしたから」



それに私の両手首を押さえつける手の力が優しすぎて、全然、恐怖なんて感じなかった。

きっと、私が自分を突き飛ばして逃げることを期待していたのかもしれない。

だけど私は、心も身体だけでも、少しでいいからあなたに近づきたかったから。


息を飲む彼の、その両頬をふわりと手のひらで包み込む。



「たぶんもう、どんなことをされたって、私は悠悟さんのことがだいすきなんですよ。……だから、遠ざけようとするのは諦めてください」



そう言ってニッコリ微笑むと、悠悟さんは不意を突かれたように目をまるくした。

それからなぜか深くため息をつき、私の左の肩口にぽすんと顔をうずめる。



「おまえの、そういう無駄に素直で前向きなところは……一之瀬家の遺伝なのか?」

「さあ? どうでしょう」



首もとにかかる吐息と頬をくすぐる髪にドギマギしつつ、それでもおどけて答えてみせた。

すると顔を伏せたままの彼も、小さく笑ったのが聞こえる。そしてそのままぎゅっと強く抱きしめられたから、今度こそ私は身体を硬直させた。



「あっ、あの」

「志桜の身体、やわらかくていい匂いがする。……偽恋人の間、俺だってもうずっとほんとは、おまえに触れてみたくてたまらなくなってた」



すきな人にそんなことをささやかれて、期待してしまわない女がいるのだろうか。

かーっと顔が熱くなる。いや、顔だけじゃなく、身体中だ。
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