愛されたいのはお互い様で…。
ただ黙って歩いた。何だかはっきりしないモノでざわざわする…。話したのに…。
務が手を繋いでくる事もなかった。…何だか、考えてる事、感情が、隣り合う身体に、物質的に触れられないのは解っているのに、気持ちが気持ちに触れたいと思っていた。
話をしたと言っても核心には触れないように終わらせた話になった。何も…、理屈っぽい話は抜きにして、ずばっとそのもの、言う言葉ってあるんじゃないかって。
…私は何を戯けた事を思っているんだろう。…。
言わなくちゃいけない時に言わないのは思っていないと同じ事…。そんな態度をとって、失ってきたモノがあるのに。
言って欲しいならこっちから言えばいい、受け身では失って当たり前だ…。
この道は務の部屋に行く時、帰る時に一番多く通った道…。
帰ったら、行く事ももうなくなる。だから帰る為に通る事もなくなるんだ。
…こうなっていなければ、考えて見なかったかも知れない。
マンションが見えて来た。こんな時、何故か早く着いてしまったと思った。
「務、ここで…あ、まだ務で良かった?」
「…ん。別に、いいだろ」
…。
「名前は?名前も知らない人にするのよね?……ごめん、するのよね、知らない人になるんだから。
声を掛ける事があったら、あの、とか、すみませんとしか、呼べないって事よね、初対面って事になるんだから」
「紫…やっぱり、エレベーターまで送る。…それ以上は行かないから、いいか?」
「…うん」
停まっていたエレベーターに乗り込んだ。
「…上まで行く」
「…うん」
ボタンを押した。押してしまったらあっという間に着いてしまう。
…チン。…着いた。
「紫…」
「ん?」
「ちょっとだけ時間をくれ…」
…。
「…これ、…どうしようかと思った。こんなになる前に用意してたから。
だから、勝手だけど、どうするかは紫が決めてくれ。
時間的にちょっとだけまだフライングだな。
誕生日、おめでとう、紫…」
手を取られて乗せられた。務がポケットから出した物は小さい箱にリボンが掛かった物だった。
「…務、…」
いつからポケットに…?
「こんなのは迷惑になるって解ってるんだ。俺が…捨てればいいんだから。だけど、これは俺の気持ちだから。
はぁ、…本当なら、…俺か紫の部屋で渡して、紫が開けて…俺が着けたかった物だ。
…はぁ、あまり…今更これ以上話を膨らませるのは卑怯だな。…良くない。
…じゃあ。…これで終わりでいいんだよな」
…。
「おやすみなさい、…紫さん」
そう言い終わった務は、私をエレベーターから押し出すようにしてボタンを押した。
もう、顔も見ていない。俯いている。
すっとドアが閉まるとエレベーターは降りて行った。
…務。
…。
話の状況によっては、こんな渡し方になっていなかったのかも知れない。
だから…持って来ていたんだ…。