愛されたいのはお互い様で…。

ピンポン。あれ、伊住さんかな。来ないって言ってたのに。

「は〜い？」

カチャ。…え？…ドッペルゲンガー…。なんで居るの？カチャ。
…ガチャリ。ドアを閉め鍵をかけた。

「あ、おい。じゃないか。ちょっと、すみません。ちょっと、お〜い」

……務、どういうつもり？部屋にだって、お互い来ないって決めたんじゃなかったの？…どうして来たりするのよ…。

ピンポン。

…。

ピンポン。

…。…ふぅ。…カ、チャ。

「あ、はぁ、良かった…。ごめん、急に来たりして。解ってるんだ、駄目だよな、こんなのは。話がしたいと伊住さんに言ったら、当事者同士の事だって言われた。
だから、『当事者』で話がしたいと思って来たんだ」

「…え、…会ったの？」

何も聞いてない…。そうか…この事を想定して…、だから伊住さんは来ないって言ったんだ。今日に限らず、二、三日中には務が連絡して来るはずだって…。はぁぁ。

「ま、あ…。それで、そう言われたから、俺達が話す事は大丈夫なんだ」

決めた事だって破るしかない。そうしないと話は出来ないんだから。

「だからって、もう話す事は無いんじゃないのですか？」

「…まだ、俺はまだ言いたい事を言ってない」

話しに来たというのだから、聞かないと終わらない。務の気持ちは考えなくても、聞かなくても…話したい事が何か、解らない訳ではない。むしろそれしかないだろう。

「…どうしますか？部屋は…ご覧の通り、荷物で散らかってます。散らかってなくても、中には入れられないです、無理です」

片付け中か…。にしては大事になって無いか…。そうか。
…引っ越し、か…。

「それはいいんだ。近くに話せるところはあるか？」

「…夏希さんと話したカフェでいいなら、遅くまで開いてます。少し歩きますけど」

夏希と話した、とか、付けるのは何だ…。やっぱり、どこか、しこりはずっとあるって事だよな。あって当然だ。俺は夏希の言った事を告げたんだから、…あんな嘘…それを俺は肯定して……思い出すと腹立たしい気持ちは収まらないだろう。

「じゃあ…、そこで」

「はい。…では、ちょっと待って貰っていいですか？着替えたいので」

部屋着のままでは出掛けられない。…何でもいい、とにかく早く着替えなくちゃ。

「ああ、急に来たからごめん。慌てなくていいからな」

ドアを閉められた。流石に鍵はされなかったか…。
ドアの横で、壁にもたれて待った。

玄関でゴトゴト音がした。早いな、もう出てくるのか。

「あ、…お待たせ…しました…」

開いたドアの前に立っていた。紫は俯き加減だった。二人で出掛ける…今はしたくない事だよな。解るよ、どんな態度をとったらいいのか、困るって事も。

「…いや、早かったから。…似合ってるな、その靴も。例のか？」

何故また褒めるの…。自然になの？…元々そういう人だったの？…心に余裕が出来たの…褒める事は最近になっての成長？…。

「…有難うございます。履きやすくてとても気に入って履いてます」

細かいデサインの、深いワインレッドのパンプスか。…紫らしいな、…いい色だ。
マドラスチェックのノースリーブのワンピースとよく似合っていた。

「…行きましょうか？」

「あ、ああ」

鍵を掛けてエレベーターに向かった。

…完全に他人行儀だな。不自然なくらいの言葉遣い。無理をしている。そうだよな。
俺にはそれが逆に、慣れ親しんではいけないと、無理に線を引こうとしているように思えるんだが。