愛されたいのはお互い様で…。

「…はい、出来ましたよ」

髪をアップにする事から浴衣の着付けまで、全部伊住さんがしてくれた。
私は成すがまま。座っているだけ、立っているだけだった。

「いいですね、やはり出掛けなくて正解です。こんな紫さんを外には出せません」

…もう。言い過ぎ…。

「上がりましょう。ご飯を食べましょう」

「はい」

屋上へは外階段もある。今は中から上がっている。

「はい、手を貸してください。足が上手く捌けないと躓いてしまいますから」

「はい」

ゆっくり手を引かれ階段を上がった。洋服で上がったり下りたりするのとはやはり勝手が違った。


オードブル形式に盛りつけた料理は先に運んでおいた。

「程よく風も吹いています。上空も、風で煙も流れるでしょうから、色の塊くらいには見えると思いますよ」

「はい」

こうして居る事がいいのだ。花火はきっと二の次、三の次の事だ。
伊住さんは浴衣もよく似合う。この姿の方が余計、色気がだだ漏れだ。私の浴衣姿の事をどうこう言うより、伊住さんの方がずっと艶っぽくて、色香に当たりそうだ。


「紫さん?ここに、…一緒に座りましょう」

「え?」

そこは、…伊住さんの膝の上じゃないですか。
椅子も用意しているが、厚みのあるシートも敷いてある。
そこに胡座を組んで座った伊住さんは、ぽんぽんと膝を叩いていた。

「さあ、どうぞ。私の今日まで待った楽しみを台なしにしないでくださいね」

「でも…」

「何を恥ずかしがる事がありますか。一年に一度しかないのですよ?」

いや、それは花火の事で、伊住さんの胡座は一年に一度では無いでしょ?

「あぁ、もう…じれったいですね」

腕を引かれた。…あ。

「はい、定位置。ここは紫さんしか駄目なんです。素直に自分から座ってくれたらいいのですよ」

「重くて、足、直ぐ痛くなりませんか?」

「なりますよ、直ぐ」

「え?だったら…」
< 140 / 151 >

この作品をシェア

pagetop