愛されたいのはお互い様で…。
「あ、どかないでください。なったら紫さんをこうして…横抱きして、…更にこうして…倒してしまえばいいのですから」
もう既に横に寝かされてますけど?
「あの…伊住さん…」
「ここはプライベートエリアです。どこからも、…誰からも…見られる事はありません。心配は無用です」
ぁ、…浴衣の合わせの部分から手を差し込まれた。
「ぁ、伊住さん…、駄目ですよ。…折角、着たばっかりなのに…」
起き上がろうとしたら、抱き抱えられた。
「浴衣の事はどうなのか知りませんが…知ってます?
男が女性に服をプレゼントするのは…脱がせる為なのですよ…。紫さんは私の浴衣の方を着ると言ってくれた。これは、花火を見るって決めてから、私が買っておいた物ですから。
私からのプレゼントという事になります」
しゅるしゅると薄紫色の浴衣の帯は簡単に解かれてしまった。
「流石に…和装というのは…また、色っぽいものですね。もう帯を解いてしまいましたが、これも、知ってますか?
女性の着物は脇のところにスリットがあります。男性の着物にはありません。何故だと思います?
着崩れを直す為だったり通気性を良くする為だったり、あとは授乳出来るようにだったりの為だそうです、よく考えられていますよね。その部分を……男は上手く利用する訳です」
「?」
「解りませんか?…着ている着物を崩さずに、そこから手を…入れられる訳です、コトの為に」
あ、…もう…ご飯だって…、まだ手を付けてないのに。…こんな、あられもない姿にされた上で…。そんな話まで…。
「はぁ…綺麗ですね…黒地の浴衣に白い肌…」
「…伊住さん?」
「はい、完全にエロ靴屋ですよ?」
「もう…フフ。そんな言い方をしても駄目です…あまりじっと見ないでください」
「はい」
…。
「…伊住さん?」
考え事だろうか。じっと見たまま何も言わないし…何もしそうにない。かろうじて肩先に掛かっていた浴衣の布を引き、前で合わせた。
「……何だか、不穏な動きがありますからね」
「え?」
「ある男が紫さんを虎視眈々と狙っているようですから。…この住まいも知ったようですし。
昔のよしみと言わんばかりに…慣れ合わないでくださいね。
隙は…見せないでくださいよ…絶対に」
…ぁ、…折角、隠したのに…。開けながら、ゆっくりと口づけを落とされていく…。この…微妙な速度が…少しの、でも強い縄張り意識を感じさせた。
そしてとても甘い気持ちにさせられてしまう…。
「…大丈夫ですよ。紫さんが眠ってしまっても、ここにも申し訳程度の部屋はありますからね。下に無理に下りなくて大丈夫ですから」
そうなのだ。屋上にはキッチンとシャワールーム、トイレも完備された部屋があるのだ。私からしたら申し訳程度なんかでは無い。普通に住めてしまう部屋だ。ベッドもある。…流石にキングでは無いが、ダブルベッドが余裕で置かれていた。
…一体この部屋は何の為に…。なんて聞いたら、今だから、紫さんとこうする為ですよ、と言われてしまうだろう。だから聞かない…。
「ん?想像してますね…あの部屋は、元々私の部屋だったのですよ。店の部分は最初からあったのではなく、住居の前に、後から建て増しした物なんです」
はぁ…そうなんだ。
「あ、花火が始まったようですね。…仕方ないから…こちらは一旦中断ですね」
浴衣の前を合わされ、胡座をかいた伊住さんに、もたれ掛かるようにされ、後ろから腕を回された。
はぁ…よく中断してくれたと思う。てっきり、花火は横目に、致され続けるのかと思った。
花火は色の塊というよりも全然大きく見えた。
赤や緑、白…色々な形に小さく花が咲く…。その下で人が響めいている事だろう様子も想像させた。遠くに見える感じが、逆に情緒があって良かった。
そう感じた事を口にしたら、伊住さんも、奇遇では無く私も同じように思っていましたよ、と言った。感性が似ている、それだけで何だか安らげてしまう…。一緒に居るなら大事な事だと思う。
花火が終わって…先にオードブルを食べる事を懇願して、適当に摘んだ。その後…、屋上の部屋で眠る事には辛うじてならなかった。
ただ、簡単に後片付けをして、下に下りてから…、私はキングサイズのベッドでぐっすりと眠りにつく事になった。