愛されたいのはお互い様で…。
「あー、そうでしたね、うっかりしてました。…失礼しました。私は伊住銀士榔と言います。店は、Ginzirou、看板も何もありませんが、アルファベット表記です」
「有難うございます。あの、笑わないでくださいね。この間、私が帰った後、ここが直ぐ暗くなったから、お店は幻だったのかと思ってしまいました。でも、今日来てみたらあったし、お客様も居たし、良かった〜と思って」
微かに笑みを浮かべられた。
「フ。ちゃんとあったでしょ?靴は…、やはり濃いワインレッドで作りましょう…。私にも、貴女の名前を教えて頂けますか?…」
何故だか伊住さんの手が頬に触れていた。
「…ぁ。あの…私は、ませゆかりと言います」
「ゆかりさん?」
「はい。紫で、ゆかりです。ご飯に混ぜておむすびに出来そうな、そのままの名前です」
「はい、紫さん…。美味しそうな名前ですね、少しの酸味が癖になりそうな…ご飯のお供ですね」
「あの、伊住さん、…手を」
何故だか伊住さんの手はまだ私の頬に触れていた。
「あぁ、色が白くて…美味しそうだと思ったら、つい、すみません」
ゆっくりと手は離れた。…あ。白い、美味しい…。想像で、白いご飯にゆかり…おむすびにでもって言っちゃったから、海苔まで巻かれてたのかも。…あ。
「あの、では、帰ります。レインシューズ有難うございました。拭いてよく乾かしたつもりです、確認して貰えますか?」
「…はい、大丈夫ですよ。パンプスの大体のデザインは浮かびました。私の方でいくつか描いてみます。また、構わない時に寄ってみてください」
「解りました。あの」
「はい」
「何故ワインレッドがいいと?」
「ああ、それは…紫さんだからです」
「え?」
「名前を聞いてしまったら、後付けみたいになりましたが。いいと思ったのは…会った時の印象で、です、初めの。あの時、貴女を見てそう思いました」
その時からもう靴を作ろうと思ってたんだろうか…。セールスの為に親切にされたのかな…。いやいや、そこは普通に親切心だけでしょ…。
「…そうですか。あの、これミルクティーの代金です」
「…はい、頂かないと不安にさせるといけないので、一応受け取っておきます」
あの雨の日の、私の印象…ね…。少し青ざめていたかも知れない。